調査 SIDE先崎秀平②
事件翌日。
俺たちは朝早い電車で帰された。学校最寄の時宗院前駅で電車に乗った俺たちは、眠い頭で車窓の眺めを見つめていた。昨日起きたことがまるで夢みたいだった。だが、スマホのニュースが「あれは現実だ」と突きつけてきた。
〈県立高校で死亡事件〉
〈教師が死亡〉
〈事件と事故の両方を視野に……〉
「どこから聞いたんだろうな」
俺が吊り革に捕まりながらつぶやくと、隣にいた松下美希ちゃんが微笑む。
「常に情報を集めているのかもね」
俺はその弱々しい笑顔を見て思う。
この子が関与している可能性について。
もしこの子が犯人なら、俺は自首を勧めなければならない。
もしこの子が犯人じゃないなら、俺は潔白を証明しなければならない。
どっちに転ぶか。現時点では分からない。
仮に、この子が高槻先生を殺そうと思ったとしたら、どんな動機が考えられるだろうか。
松下美希ちゃんの顔を見つめながら思う。パッと思いつくのは色恋関係。痴情のもつれとまでは言わないが、例えば松下さんが高槻先生に恋心を抱いていて、それが原因で殺人にまで及んだという線は一番シンプルで分かりやすい動機だ。ただ、高槻先生にそんな浮いた話があるのかという問題がある。俺は少し考えたのだが、すぐにスマホに指を走らせた。メッセージ。送る先は……銀の字だ。
〈おい、ギン〉
返信には少し時間を要した。が、割とすぐに返事はきた。
〈なんだ〉
〈えれぇことになった〉
すると、さすが学校に関して常にアンテナを張っているらしい銀の字は、すぐさま返してきた。
〈高槻先生の件か〉
俺は微笑む。
〈さすが〉
続け様にもう一通。
〈やんごとなき事情により事件を調べたい〉
少しの間があってから、すぐに。
〈凛で会えるか〉
凛とは時宗院前駅の近くにある隠れ家的カフェのことで、知る人ぞ知る感じの店だ。しかし今からそこに向かうのだとすると引き返すことになる。俺は母さんにメッセージを送った。以下の内容だ。
〈母さん。調べたいことあるから帰宅遅れる〉
するとすぐに〈いいよ〉と返信がきた。さすが母さん。物分かりがいい。息子の周りで死の影がチラついてもなおこの貫禄。
すぐさま銀の字に返す。
〈凛で会える〉
そういうわけで俺は松下美希ちゃんに別れを告げると、途中駅で引き返してまた時宗院前駅へ向かった。朝日の中駆ける電車はいつもの通学時間より早い電車だった。人は少なかった。俺はため息をついた。
凛に着くと、まだ開店前だった。看板を見る。九時開店。現在八時四十五分。待つか。俺はカバンの中から参考書を取り出して読む。
園芸部の合宿だったが、英語の参考書は俺の基本装備だ。苦手だからな。単純に接触する回数を多くして慣れるしかねぇ。単語問題をちまちま頭の中で解いていると、開店時刻になった。店員が驚いた顔をして俺を出迎えた。
「お待たせしました」
ええ、待ちましたとも。
俺は店内に入った。まずモーニングセットを頼んだ。
セットについている、トーストに卵のペーストを乗っけたやつをかじっていると、銀の字が店のドアを開けた。俺の顔を見るなりゆっくり近づいてくる。
「よう」
俺も返す。
「よう」
「大変なことになったな」
銀の字が俺の正面に座ると、俺と同じくモーニングセットを頼んだ。届くまでの間、少し話した。
「昨日の夜はえれぇ目にあったぜ」
女子に蹴り飛ばされるしヨォ。
「何時のことだ?」
銀の字の問いに俺は答えた。
「九時くらいだな。十二時間前だ」
すると銀の字は考え込むような顔になった。
「早い内に情報収集したいな」
「俺のでよければ提供する」
トーストを食べ終えた俺はコーヒーに口をつけた。すると銀の字が頷いた。
「ありがたい」
で? と銀の字が首を傾げる。
「対価は何だ?」
俺はニヤッと笑った。話が早え。
「高槻先生について知りてぇ」
と、銀の字の元にモーニングセットが運ばれてきた。
「女子から人気がある先生だった」
俺はやはりな、と頷いた。色恋沙汰は視野に入る。
「去年、大学を卒業してそのまま教師として時宗院で働き始めた。当初からファンクラブがあったそうだ」
「ファンクラブ? 誰かのもなかったっけ?」
「五組の滝島のファンクラブだな。ハンドボール部のマドンナだ」
生徒のファンクラブか。まぁ、確かに滝島さんはかわいい子だ。話したことねぇけどな。
「高槻先生のファンクラブには、どんな女子が入ってる?」
「幅広い。運動部から文化部まで。学年も跨いでる」
へえ。モテたんだな。
「誰かと付き合ってるって噂は?」
「……ある」
銀の字が発した言葉に俺は目を丸くした。
「マジか」
「複数の一年女子が高槻先生と言い争っている二年女子を確認している。上履きの色から二年生で間違いないそうだ。お互いの呼び方からしてかなり親しげだったとのこと。しかもファンクラブの会員じゃないらしい。会員なら顔が分かるとのことだ」
「ファンクラブ会員の見知らぬ女が高槻先生と……」
「ああ。何でも高槻先生はその女子のことを『部長さん』と呼んでいたそうだ」
「部長さん?」
部活の部長、か?
……美希ちゃんも部長だな。園芸部部長。
俺があれこれ考えていると、銀の字がさらに口を挟んできた。
「しかも仲がいい女子は一人じゃないそうだ」
俺はぶったまげる。
「一人じゃない?」
「一年女子が確認した女の他に、三年女子が確認した女がいる。ロングとショート。髪型の違いから判明した。どちらも二年生らしい」
「すげぇな。お前どんな筋からそんな情報仕入れてるんだ?」
すると銀の字がニヤリと笑った。
「秘密だ」
まぁいい。俺は更に訊く。
「お前その謎の女子に心当たりは?」
「ある」
俺は飛びつく。
「誰だよ」
すると銀の字は身を引いて訊いてきた。
「お前の番だ。高槻先生の事件について知ってることを話せ」
「ああ」
と、俺も身を引いた。
「現場が特殊だったんだ」
「現場が特殊?」
銀の字が身を乗り出す。俺は静かに続けた。
「まず、セミナーハウスに鍵。これは俺たち園芸部、化学部、生物部が合同で肝試しに行く時、セミナーハウスに残った高槻先生がかけた」
銀の字がペンとメモを取り出して走り書きする。
「次に高槻先生はシャワーを浴びていたんだが、その時にシャワールームに鍵をかけた。これが二つ目の鍵」
銀の字は静かに聞いている。
「最後に、シャワーの個室鍵。これもシャワーを浴びる時に高槻先生自身が鍵をかけた」
銀の字の目が見開かれる。
「密室……三重密室」
「ああ」
俺は頷く。
「警察は事件と事故の両方を視野に入れてるっつーが、この状況だ。事故の方を強く見てる……多分な。実際昨日、現場に見張りは立っていなかった」
「事故の可能性、か」
メモを取り終えた銀の字がため息をつく。それからつぶやく。
「死因は?」
「詳しくは聞いてねぇが心臓発作なんじゃねぇか?」
「そこのところを知りたいな」
銀の字の言葉に俺は返す。
「調べてみるよ。部外者のお前より俺の方が勝手が分かる」
「助かる」
長い前髪の奥からギョロッとした目を覗かせる銀の字。奴に向かって俺は訊く。
「で? 高槻先生と親しくしていたって女の子は?」
すると銀の字は不敵に笑った。それから口を開いた。
「聞いて驚くなよ」
「勿体ぶるなよ」
銀の字が静かに告げた。
「髪の長い方の女子については分かってる……松下美希だ。お前のところの部長の」
「松下……」
俺は手にしていたマグカップをふらつかせた。コーヒーがこぼれそうになった。
「マジか」
じゃ、じゃあ「部長さん」ってマジに「園芸部部長」……?
「複数の情報筋から確認を得ている」
「本人からは?」
「聞けるわけないだろ」
まぁ、それもそうか……。
にしても松下美希ちゃんが。これはますます彼女が怪しくなってしまう。
「捜査線上に浮かぶかな」
銀の字が頷く。
「可能性は高いな」
俺は目線を下げた。それからつぶやいた。
「そんなことはないと信じたいんだけどなぁ……」
と、銀の字が俺に訊いてくる。
「お前、何でそんなに松下さんに固執する」
俺は目線を上げて、銀の字を見つめる。
「かわいい子は守りたくなるだろ」
「それだけか?」
「それだけだ」
実際、その通りだった。かわいい子の前でカッコつけたい。男子が動くのにそれ以上の理由があるか?
銀の字が呆れたような顔をする。
「好きなのか?」
俺は笑った。
「いいや」
銀の字が今度は真面目な顔をする。
「意味が分からないな」
「男心ってやつだ」
続け様に俺は笑う。
「白百合先輩とエッチできたか?」
銀の字は面倒くさそうな顔をした。
「まだ朝だぞ」
「朝の方が燃えるらしいぜ?」
「ほざけ」
「朝勃ちってあるしな」
「ほざけ」
くだらないこと言ってないで夏期講習の宿題でもしろ。
そうムスッとする銀の字に返す。
「夏休みはまだまだだぜ」
それより……と俺は訊ねる。
「どっかシャワー浴びれるところねぇかな」
「お前あんな事件の後よくシャワー浴びる気になれるな」
俺は返した。
「それはそれ。これはこれだ。自分が汗臭くてヨォ」
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