夏合宿 SIDE先崎秀平②

 合宿所になっていたセミナーハウスには、この時三つの部活が集まっていた。化学部と、生物部と、俺たち園芸部。

 夕食の時間に、三部活の部長が集まって会議する時間が設けられた。聞くところによると、せっかく同じ期間に合宿をするのだからと、親睦を深め合うことになったらしい。

 松下美希ちゃんが三部活会議から戻ってくると、何だか嬉しそうにこう告げた。

「今夜は肝試しがあります」

 肝試し……! 

 男女がくっつける機会!

「もしかして生物部と?」

 俺は食いつく。松下さんはすぐに笑った。

「そう。あと、化学部も」

 あー、あいつらは芋くさい野郎がほとんどだからどうでもいいわ。……ん? でも部長は女子だったような? ま、俺のレーダーにかからないということは大した女じゃあるまい。

 しかし、生物部! 

 部長は加佐見典代ちゃんだぜー! 三組の美少女。綺麗系か? すらっとしていてスタイルもいい。ショートカットも大人な感じ。松下美希ちゃんが正統派美少女だとしたら加佐見典代ちゃんはセクシー系美少女だ。

 ぐへへ。これは願ってもない機会。童貞卒業もあんな色っぽい子だとウハウハだろうなー。やべ。テンション上がってきた。

「何時から?」

 俺は質問をする。頭の中は加佐見典代ちゃんに近づくための算段を整え始めている。王道パターンは肝試しのペアが一緒になることだろうが、そんなラッキーはなかなか巡ってこないし、そもそも肝試しが男女二人組で始まるのかも分からない。男女ペアが実現しなかった場合、何か別のアプローチを考えなければならない。

 とはいえ、まずは舞台が何時から整うのかを知っておく必要がある。

「夜八時から一時間くらいかな」

 松下さんの回答からさらに想像を膨らませる。一時間ならどこかに潜んで待つことは可能だろう。実際には俺自身の番もあるわけだし一時間よりは短い。ひひ。俺はいい案を思いついた。それはこんな具合だ。

 まず、この肝試しにオバケ役があるとすれば、立候補する。なければ肝試しの最中に適当なことを言って抜け出し、肝試しルートのどこかに隠れる。そうして加佐見ちゃんが俺の近くを通ったときにワッと脅かす。

 まぁ、加佐見ちゃんの中での俺の評価はかなり悪いもので始まるだろう。だがゲームはここからだ。第一印象が悪い男が猫を助けたり雨に困ってる人に傘を貸したりすると、それだけで評価がぐんと上がる。マイナススタートは一気にプラスに傾けるための助走なのだ。少女漫画でもよくあるだろ? 「なんでこんな奴に?」とか「嫌な奴なのに」とかみたいなトキメキ方。あれだよ。あれをやるんだ。ギャップ作戦ってやつ。

 そうと決まりゃあ、話は早い。まずは肝試しのシステム確認だ……。

「肝試しってことはさぁ、ちょっと雰囲気怖いところを行くわけじゃん?」

 俺は努めて冷静に松下ちゃんに訊ねた。

「ルートは?」

「学校裏手の林道」

「ああ、『どんよりロード』ね」

 どんよりロード。吹奏楽部の女子たちはあの林道をそう呼んでいる。あの子らって妙なネーミングセンス持ってるよな。なんか四組の美少女西見風香ちゃんって女の子に「ぷっちん」ってあだ名つけてたし。なんだ「ぷっちん」って。プリンか。

「あの林道をまっすぐ通ってもらうの」

 なるほどな。あそこなら隠れる場所も多い。

「どんな編成で?」

「編成?」

「ほら、男女ペアとか……」

「ああ、そうそう。ペアで行ってもらうよ。でも男子と女子は難しいかもな。全体的に女子多いし」

 きたぜ。女子の方が多いつまり女子があぶれる! これはもしかしたら加佐見ちゃんと組める可能性も出てきた。

「ペアはくじで決めるよ」

 くじ。細工できねーかなぁ。

「化学部の麻生さんが用意してくれるって」

 ちっ、細工は難しそうだな……。

 まぁ、いい。最悪ペアになれなかったらプランBのびっくりギャップ萌え作戦だ。いい感じのワルに俺はなる。

 それに……。

 加佐見ちゃんとペアになれなくても、松下ちゃんとペアになれたらそれはそれで……。


 そういうわけで夕飯は気が気じゃなかった。

 カレーが出たのだが、うーん、まぁ、バーモントカレーかなってくらい甘かった。俺無印のグリーンカレーみたいなのが好きなんだよね。あれも辛いのと辛くないのとあるけど、辛いやつ。なんつーかほら、元気出るじゃん。

 ま、福神漬けの方もポリポリ歯ごたえ以外味も何もない。まぁ、ないよりマシか。俺は付け合わせの福神漬けをたっぷり乗せてからスプーンを運ぶ。頭の中は肝試し……もとい、女の子に近付くプランでいっぱい。

 と、辺りを見渡していて思う。

 生物部かわいい子いっぱいいるなぁ! ありゃ一年生か? お目目キラキラの美人がいるじゃねーか! あの子もアリだな……あっちの子はおっぱいが……ぶはっ。ありゃやべぇ。ありゃやべえ。そこにいるのは笑顔が素敵なキミー! ご飯のお供に俺はどう? 

 うへへ。どの子とペアになっても幸せな気がしてきた。来い、俺の青春! 


「……んで、何でおめーなんだよ」

 さて、いざ肝試し。くじ引きの結果決まった俺のペアは化学部の芋くさい一年生男子だった。丸いビン底眼鏡にぶくぶく太った顔。この季節だから汗まみれ。心なしか臭い。着ているジャージもサイズオーバーでよれよれ。はっ倒すぞデブヤロー。

「なーんでくじ引きの結果が男男なんだぁ! 女子の方が余ってんだろうがぁ!」

 ぐわあああ、と叫ぶ俺の後ろからビン底デブが迫る。

「せ、先輩、僕、怖いの苦手で」

「知るかボケ置いてくぞ」

「そ、そんなぁ」

「俺に指一本でも触れたら殴り飛ばすからな」

「えぇ……」

「二メートル以内に近づいたらケツにハッピーターンぶち込む」

「ハッピーターンさんがかわいそうですよぅ」

「シンジくん」

 と、いきなり美人な一年生女子がデブクソ眼鏡ヤローに近づいてきた。なんだか知らない彼女は笑った。

「大丈夫だよ! 先輩もいるし、落ち着いて帰ってきてね!」

「う、うん!」

「肝試し終わったらみんなでUNOしようね!」

「うん!」

「ちょーっと待てコラクソ眼鏡」

 俺はデブヤローの肩をつかんで引っ張っていった。

「なんだあの美少女ちゃんは」

「岬愛子さんです。ちゅ、ちゅ……」

「ちゅ?」

 まさかこいつあんな美少女にチューを……。

「中学校が一緒で」

 なんだこいつはっ倒すぞ。

「彼女、僕のことをかわいいって……」

「てめーパンダみたいなところあるしな」

 俺はつかんでいたデブパンダの肩を離した。

「愛子ちゃーん! こいつは俺が責任持って連れ帰るからねー!」

 俺が手を振ると、かわいらしく両手を胸の前で組んでいた愛子ちゃんは爪先立ちして、「よろしくお願いします!」と笑った。かわいい。かわいいぞ。

「おい、パンダ名前は?」

「は、はい?」

「名前訊いてんだコラ。答えろ」

「い、斑鳩いかるが真二しんじです」

「イカルガぁ?」

 パンダのくせにイカした名前じゃねーか。

「よしイカくん。お前あとで愛子ちゃん紹介しろよ」

「い、イカくん……」

「どうせお前の部屋イカ臭えんだろうが。イカくんで十分だ」

「はい……」

 イカ臭えのは否定しねーのかよ。気持ちわりーな。

 と、そんな俺とイカくんに近づいてきた女子がいた。俺は顔を上げて彼女を……かっ、かわいい! 

「ウチの後輩いじめるのやめてくれる?」

 ショートカットのボーイッシュガールだった。なんだ。この合宿は楽園か。

「高松先輩……!」

 イカくんが顔を輝かせる。このイカパンダまた美少女ちゃんと? 

「斑鳩くん、ただでさえ気が弱いんだからいじめないで!」

 俺はまたイカパンダと肩を組む。

「いじめてなんかいねーよ。友好を深めてたんだ。なぁ?」

「さっき僕のことをはっ倒すって……」

「ああ? ハリーポッター?」

「チョイスが絶妙に古いです先輩……」

「うるせーボケ。映画は毎年金ローでやるだろ」

「だから斑鳩くんのこといじめないで!」

 んだよこのボーイッシュガール。正義感つよつよか? 

「まぁ、こいつは俺が無事肝試しから連れて帰ってやるから安心しろよ」

 俺はふん、と鼻を鳴らす。イカくんを後輩扱いってことは俺と同じ二年生だ。タメ口OK。

 まぁしかし。決まっちまったもんは仕方ねー。俺は肝試しの順番を確認する。

 俺とイカくんの後に続くのは……おっ、加佐見ちゃんと麻生とかいう奴! 

 こりゃ俺の作戦が発動するぜ、と内心笑ったところで、松下ちゃんが「次、先崎くんと斑鳩くんペアー」と呼んできた。俺はデブイカパンダの背中を押した。

「行くぞクソッタレ!」

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