さくら
入間しゅか
さくら
さみしくなるから桜の花は嫌いだった。綺麗な花が咲き、あっという間に散っていく。そして、すぐに鮮やかな新緑を身に纏う。その過程があまりに無機質で生命の維持繁栄の機能を見せつけられている気がして嫌だ。
四月初旬。今年も新入生歓迎を兼ねた花見する。場所はいつもの桜の名所として知られる大学近くの公園だ。場所取りを任されていた私は二人の後輩男子を連れて公園に向かっていた。私を先頭にして三人一列に並んで自転車をこいでいた。後ろの二人は談笑をしているらしく何やら楽しそうだった。二年生の二人からしたら初めての後輩だ。ウキウキもするだろうと私は思った。時々少し強めの心地よい風が吹いた。私はロングスカートを履いてきたことを後悔していた。スカートを巻き込んで転けてしまう気がしたからだ。普段徒歩で移動することが多かったから、意識していなかった。転んで怪我することよりも、転ぶ姿を後輩二人に見られることの方が辛いと思った。そんな事ばかり考えていたから周囲の風景に気がいかなかったが、いつの間にか公園の入口へと繋がる桜並木に差し掛かっていた。桜は見事に咲いていて、柔らかい風に乗ってひらひらと花びらが目の端を横切っていった。あまりにきれいだったから私は少し憂鬱になった。
「場所空いてそうスっね」と後ろから後輩のゴトウくんの声がした。振り向いて応えようとしたけど、危ないと思って前を向いたまま「そうだね!」と大きな声で言った。
事実、公園にはあまり人が来ていなかった。早い人は朝の五時にはブルーシートを敷いて陣取ったりしていたのだが、最近、公園のルールが厳しくなり朝からの場所取りは禁止になっていた。
公園に着いて三人で相談して大きめの桜の木の下にシートを敷いた。予定では買い出し班が三十分後くらいに来る予定だった。それまで三人で座って寛ぐことにした。私とゴトウくんとモトキくん、三人で話せる共通の話題はなかった。だから、自然と当たり障りのない話を途切れ途切れした。天気が良くてよかったとか、今日は暑いくらいだねとか、そんな話。そのうち、ゴトウくんとモトキくん二人で新入生にかわいい子がいるかみたいな話で盛り上がり出したので、私は黙って聞いていた。その間も心地よい風が吹いて、その度に桜が散った。さっさと散ってしまえと思った。桜なんて悲しくなるだけだ。綺麗に咲けば咲くほど心細くなる。私は後輩二人を残してどこかへ歩いて行きたくなった。でも、そんなことはしない。さすがに、一人で勝手にどこかへ行ったら迷惑だ。
「どうなんですか?あゆみ先輩」とゴトウくんが急に話を振った。私は聞いていなかったからなんの事かさっぱりわからなかった。
「え?」
「部内恋愛です。部内恋愛ってヤバくないすか?」
話の流れが上手くつかめなかった。だから、「周りに迷惑かけない程度の恋愛ならいいんじゃない?」とだけ言った。どうやら、モトキくんには部内に好きな子がいるという話らしかった。私には恋人がいなかったし、大学で作る気もなかった。
恋バナか。春めいていいと思う。桜の花びらが一枚風に乗って手の甲に乗った。それを手に取ってまじまじと眺めた。花びらの薄桃色は何も言わずに消えるための色に思えた。私が手を離すと風に乗ってどこか飛んで行った。私もあの花びらのように消えていくんだとしみじみ思った。
その時「おーい!」と遠くから声が聞こえた。買い出し班の子達がお酒やお菓子の入った袋をたくさん持ってこちらに向かっていた。
「先輩もちますよ」と言ってゴトウくんとモトキくんは袋を受け取りに行った。私は座ったままその様子を見ていた。これから始まる花見を楽しもう。そう思った。心地よい風。桜の花びらが飛んでいく。何もかも散って、若葉のしげる頃にはすべてを置いて旅に出よう。私も薄桃色の花びらのように消えていくのなら、せめて楽しんで消えよう。
さくら 入間しゅか @illmachika
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