登竜門

「……。」

「う、うわぁ……華々しい……」

「……。」

「それに、なんかいい匂いがする……。」


 既に暗くなった空の下、煌々と輝く灯りが立ち並ぶ街並み。

 居心地悪そうに身を縮こまらせる紡と、隣で感嘆の声を漏らす瓢助。

 辺りは手を引き合う男女の声で溢れており、昼間の帝都の街中とは正に『異世界』であった。


 ここは所謂、高級娼館を構える遊郭ような場所ではない。

 遊郭で遊べるような高級取り以外……つまりは学生や若者、賭博で一儲けし泡銭を握ってやって来る男たちを対象に商いする街だった。

 その為、まだ宵の口にも関わらず酔い潰れた人間が道端に転がっていたり、店の前で客同士が殴り合いの喧嘩を繰り広げていたりと中々に混沌とした光景が広がっている。


「どうだ、夜の街に来た感想は?」

「はい!なんかもう、既に楽しくなってきました……!」

「ははは!そうかそうか!」


 同行者が一人増えることを知った上級生は、彼も友人を連れてきたらしい。

 佐野と山西と名乗った二人は、はしゃぐ瓢助の様子を微笑ましげに見て笑い合っている。


「で、そっちの友達は?」

「あ、ええと……その、慣れないというか……」


 紡は前方から着物を着崩して肩を出した女性が歩いて来るのが見え、さっと視線を逸らしながらしどろもどろで答えた。


「初心だなぁ。君、もう十七だろ?」

「は、はい」

「そろそろ男になれよ、な?」


 佐野というらしいその男は、紡の肩に馴れ馴れしく腕を回し、そう語りかけて来る。

 紡は一瞬何を言われているのか理解出来なかったが、その意味に思い当たると、かっと顔を赤らめて彼から身を離した。


「冗談じゃない!そういう事なら、俺は帰ります!」

「え、ええ……。」


 佐野は困惑した様子で、そんな紡を見た。

 山西はきょとんとした顔で、瓢助に問いかける。


「柴田くん、彼になんて言ったんだ?」

「いや、先輩と花街に行こうって……」

「ちなみに柴田くん、ここをどんなところだと思ってる?」

「女の子と楽しく遊べるところですよね!」

「ああ、君たちそういう子なんだね……。」


 山西は合点がいったというふうに苦笑し、紡と瓢助を見比べた後、佐野に言った。


「よし。『登竜門』に行こう。それで飯食って、解散だ。」

「お前、本気で飯だけ食って帰る気かよ!?」

「『伝統』で決まってるのは、ここに後輩を連れて来る事だろ。別にナニしろとは指定されてねぇよ」


 佐野は少々不服げであったが、紡が今にもこの場から逃げ出しそうになっているのを見て、諦めて首を縦に振った。


「ま、無理強いする事じゃねェか……。」

「という事だから、柴田くん、朝夕くん。女の子と話をしながらご飯を食べる店に行こう。その位ならいいだろ?」

「オレは大賛成です!」

「……はい。」


 両手をあげて喜ぶ瓢助と、渋々ながら頷く紡。

 上級生二人は後輩たちが同意したのを確認すると、慣れた様子で通りを歩いてゆく。

 やがて見えてきたのは、『登竜門』という看板が掲げられた飲食店であった。

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