第五十話

 それを聞いたまわりの電車待ちの人々は、俺たちに注目ちゅうもくした。だが俺はかまわず、男のスーツのえりを両手でめあげた。


不幸自慢ふこうじまんしてんじゃねえよ。そんなに社畜しゃちくが嫌なら、とっとと会社なんかめちまえ。そして本当に、やりたいことをやれ」


 男は少しポカンとした表情になったが、てた。

「は? 何、言ってんだ、てめえ。頭、おかしいんじゃねえのか?」


 俺は男の目を、にらみつけた。狂気きょうき宿やどっていただろう目で。そして、げた。

「そんなに死にてえんなら、俺が殺してやろうかって言ってんだよ」


 すると男は、わめいた。

「な、何だ、こいつ?……。イカレてる! こいつ、イカレてやがる!」


 男は全力で俺の両手をスーツの襟からはなすと、俺から離れて逃げ出した。分かってねえ。本当に死ぬってことが、分かってねえ。


 以前の俺なら、こんなことはしなかっただろう。まあ、こんなヤツもいるよなと、無視むししただろう。でも俺は、見てきた。生きたくても理不尽りふじんに殺された人たちを、仲間を。だから俺は、言わずにはいられなかった。だから俺は思わず、さけんだ。

「ちくしょうーー!!」


 それから俺は、俺に突き刺さる視線しせんを無視して中央線に乗り、立川駅でりた。アパートにつくと、どっと疲れが出た。ただただ、疲れていた。


 仲間を失った悲しみも愛する人を失った悲しみも、一億円を手に入れた喜びも無かった。だから俺は何もせずに、ベットに横になった。するといつの間にか、眠っていた。


 そして俺は、夢を見た。俺たち五人が決勝戦で勝って優勝して、それぞれが一億円をもらった夢だ。


 伊留美いるみは会社の借金しゃっきんかかえる父親に、一億円を渡していた。父親は伊留美を抱きしめて、びた。

「すまない、伊留美。私はもう、無理な経営はしない。利益りえきが出る部門だけ残して、他の部門は閉鎖へいさする……」


 それを聞いた伊留美は、うれしそうだった。

「お父さん……」


 景和けいわはマンションを買って、ダイヤモンドの指輪ゆびわも買って伊留美にプロポーズしていた。

「伊留美さん! あなたの強さにれました! ぜひ僕と結婚してください!」


 すると伊留美は、ツッコんだ。

「強さに惚れたって何よ、強さにって! でもまあ、いいわ。アンタは良いヤツだから、結婚してあげる」

「ありがとうございます!」


 建太けんた一軒家いっけんやを買い、在宅介護ざいたくかいごの会社を立ち上げた。そして出て行った妻に、報告した。これからは自分が作った会社で、生活費をかせぐと。妻は、おどろいた。


「変わったわね、あなた。これから介護の仕事をしようだなんて。今までは、自分のことしか考えてなかったのに」


 すると建太は、説明した。俺は命がけのゲームに参加して、生き残った。そして今更いまさらながら命、そして生きることの大切さを知った。だからこれからは、こまっている人たちのために働きたいと。


 納得なっとくした妻は娘と一緒いっしょに、建太の一軒家で暮らすことにした。そして在宅介護の仕事を、手伝った。


 彩華あやかさんの妹さんの病気には、画期的かっきてき治療ちりょう方法が見つかった。だがそれは、高額な治療費がかかる方法だった。しかし彩華さんが治療費を出して、治療が始まった。そして治療は困難こんなんだと思われた妹さんの病気は、奇跡的になおった。


 俺は、就職活動を再開した。株を買ったり、投資とうしする気にはならなかった。命がけで手に入れた一億円を、もし失敗したらすべて失うかも知れないことには使えなかった。


 俺は死ななかった喜びをみしめて、コツコツと働きたかった。そして苦労したが、小さな会社から内定ないていをもらった。俺はそのいきおいで、彩華さんに告白した。


 すると彩華さんに、「これからもずっと私をまもってね、私だけのナイトさん」と言われて付き合うことになった。みんな、みんな幸せそうだった。俺も含めて。


 だがそこで、目が覚めた。現実を思い出した俺は、両手で顔をおおった。すまん、みんな。俺一人だけが、生き残っちまった……。


 目が覚めたのは、昼だった。それでも腹は減っていたので、コンビニでものを買った。アパートから一番近くにある、バイト先のコンビニには行かなかった。そこにはやるべきことをやってから、行きたかった。


 アパートに戻って買ってきた、牛丼とカツサンドを食ってカフェラテを一気飲いっきのみすると、ようやく気分が落ち着いた。すると春海はるみの言葉を思いだした。

『それでは君に、X国とY国の戦争をめるアイディアでもあるのか?』


 俺はあらためて、考えてみた。だがいくら考えても、そんなアイディアは思いかばなかった。「はあ……」とため息をついた後、スマホを手に取った。


 俺の唯一ゆいいつ趣味しゅみと言っていいのは、スマホで風景ふうけいの写真をってツイッターにツイートすることだ。するとその時、ひらめいた。これだ、今の俺がやるべきことは、これだ! すぐにでも行動したかったが、思い出した。俺には、やらなければならないことがある。


 俺は『れる』からもらった段ボールを、組み立てた。組み立ててガムテープをはると、確かにミカン箱くらいの大きさになった。俺は四つの箱に、二千万円づつ入れた。だが、考えた。いきなりこんなモノを送られてきたら、たして受け取ってもらえるだろうかと。


 だからノートパソコンで文章を書き、数えるほどしか使っていないプリンターで四枚、印刷した。


『私は星乃ほしの彩華さんに命をすくわれた者です。だからこの二千万円を受け取ってください』


『私は水江みずえ景和さんに命を救われた者です。だからこの二千万円を受け取ってください』


『私は桜井さくらい伊留美さんに命を救われた者です。だからこの二千万円を受け取ってください』


『私は青島あおしま建太さんに命を救われた者です。だからこの二千万円を受け取ってください』

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