第四十九話

 鞍馬くらまは、春海はるみを殺すのではないかと思うほどの怒りの形相ぎょうそうで言い放った。

「それまで一体、何人の自国民じこくみんを殺す気じゃ?! 終わりじゃ、このプロジェクトはもう終わりじゃ!」


 春海は、少し動揺どうようした表情で鞍馬に聞いた。

「そ、それでは総理は、世界中の国々からの要求に応えられませんよ。そ、それでもいいんですか?!」


 鞍馬は、冷静に答えた。

「もちろん、タダでとは言わん。わしはこれから総理に、防衛大臣を辞職じしょくするために辞表じひょうを出す。儂の首と引きえに、このプロジェクトを終わらせる。春海君、君ももちろんクビだ」


 春海は、おどろいた表情になった。

「くっ、ほ、本気ですか?!」


 すると鞍馬は、無言むごんうなづいた。そして、つぶやいた。

大手おおてのコンサルティング会社といっても、なかなか良いアイディアは出ないもんじゃな……」


 春海は「くっ」とくやしそうな表情になり、この部屋のドアに向かった。俺はそれを、めた。

「最後に一つ、聞かせろ。戦車に乗っていたプレイヤーは、子供か? お前なら、知っているだろう?」


 すると春海は、「ふん」と鼻をらした後に答えた。

「だったら、どうしたというんだ? 君は戦場せんじょうを、何も知らないな」

「何だと?」

「戦場では、子供も女も関係ない。殺すか、殺されるかだ」


 俺は、何も言えなかった。確かに戦場で戦う子供や女性を、見たことがある。本当なら、まもられるべき人たちが戦う姿を。すると春海は今度こそ、「それでは、失礼します」とこの部屋を出て行った。


 そしてこの部屋に、安心感が広がった。もう終わったんだ。この、クソゲーは……。俺もこの部屋から出ようとすると、鞍馬に止められた。

「待ちたまえ、北村修吾きたむらしゅうご君」


 り向くと鞍馬は、アタッシュケースを持ち出してきた。

「一億円、入っておる。受け取ってくれ」


 だが俺は、首を横に振った。

「そんなもんもらっても、誰も生き返らない……」


 すると鞍馬は、真剣しんけんな表情で答えた。そうじゃ、その通りじゃ。儂は今、後悔こうかいしておる。春海君にこのプロジェクトを提案ていあんされた時、儂は楽観視らっかんししていた。数人の自国民の犠牲ぎせいは出るかも知れないが、義勇兵ぎゆうへいを集めることができると。


 じゃが、とんでもない結果になった。プロジェクトの参加者のほぼ全員が死亡して、生き残ったのは君だけじゃ。だからこのゲームは、終わらせる。


 優勝者の君が一億円をもらって初めて、このゲームは終わる。そしてこのゲームは、二度と開催かいさいされることは無い、と。俺は少し考えてから、条件じょうけんを出した。


「分かった。そこまで言うのなら、もらってやろう。だが一つ、条件がある。俺と一緒いっしょに戦った、四人の住所を教えろ。それが条件だ」


 すると鞍馬は『れる』を見つめ、頷いた。『れる』も頷いて、パソコンが置いてある机のイスに座った。そしてカタカタとキーボードを打つと、プリンターで一枚の紙を印刷した。


 それを手渡てわたされた俺は、四人の住所を確認した。そして一億円が入ったアタッシュケースを持つと、無言むごんで部屋から出た。


 いつものクセでバスがまっている場所に行くと、やはりそこにはバスが停まっていた。俺がバスに乗ろうとすると、『れる』が追いかけてきた。

「ちょっと待ってくださーい! 北村修吾さーん!」


 振り向くと『れる』は、段ボールのようなモノをかかえてこちらに走ってきていた。そして俺に追いつくと、それを差し出した。俺は当然、聞いた。

「何だ、それは?」


 すると『れる』は、笑顔で答えた。

「段ボールです。組み立てると、ミカン箱くらいの大きさになります」


 俺は、聞いてみた。

「どうして、そんなモノを?」


 それを聞いた『れる』は、更に笑顔になった。

「鞍馬大臣に、持って行くように言われました。四つあります。鞍馬大臣はあなたが考えていることくらい、お見通みとおしですよ」


 俺は段ボールを受け取ると、言ってやった。

「しょうがない、もらってやる」


 俺はバスに乗り込み、座席ざせきに座った。もうアイマスクをしろというヤツもいないし、カーテンも開かれていた。ふと振り返って『れる』を見てみると、深々ふかぶかと頭を下げていた。


 東京駅でバスをりた俺は、ホームのベンチに座って電車を待った。まわりを見てみると、色んな人がいた。イチャイチャしているカップル。笑顔で話をしている親子連おやこづれ。スマホを見ている学生服たち。


 俺は、思った。そうだ、それでいい。人間、いつ死ぬか分からねえんだ。だから生きているうちは、やりたいことをやっておけ。するとスーツを着た男が、スマホに向かって大声を出していた。


「そうなんだよ。日曜日まで仕事だぜ、やってらんねえよ。まあ社畜しゃちくだから、しょうがねえよ。いっそのこと、死にてえよ。ぎゃはははは!」


 俺はその男に近づくと、その男のスマホを取り上げた。当然、男はキレた。

「あん? 何しやがんだ、てめえ?」

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