第四十八話

 ふふん、と鼻で笑った後、春海はるみは説明した。四年前に大国Xが小国Yに、武力侵攻ぶりょくしんこうした。戦争状態になったがX国とY国には圧倒的あっとうてきな軍事力の差があり、普通に考えたらY国は負ける戦争だった。だがこの戦争に世界中の国々が、反対した。


 そしてY国に物的ぶってき人的支援じんてきしえんを行った。つまり、武器と軍隊ぐんたい投入とうにゅうした。これによりX国とY国の戦力はほぼ同等になり、泥沼どろぬまの戦いになった。そして両国の兵士と民間人、合わせて三十万人以上の犠牲ぎせいが出た。


 日本は食料や生活必需品せいかつひつじゅひんなどの物的支援、それと約五千億円の経済支援けいざいしえんを行った。だが世界中の国々から人的支援、つまり軍隊も投入しろと圧力がかかった。しかし日本には憲法九条があるため、戦争地に自衛隊じえいたいを投入することはできなかった。


 それでも世界中の国々は総理大臣に自衛隊を投入しろと、圧力をかけた。悩んだ総理官邸そうりかんていは、大手おおてコンサルティング会社に相談した。するとそこから春海という男が総理官邸にやってきて、プレゼンを始めた。


 そのプレゼンに賛成さんせいした総理は、春海を防衛大臣補佐官ぼうえいだいじんほさかん任命にんめいした。春海のプレゼンは自衛隊を投入できないなら、義勇兵ぎゆうへいを投入すればいいという内容だった。義勇兵なら自衛隊では無いので、憲法九条には違反いはんしない。しかも、人的支援を行うことができる。


 しかし単純に義勇兵を募集ぼしゅうしても、人は集まらないだろう。それに、誰でも義勇兵にしていいという訳でもない。ある程度の、義勇兵としての適性てきせいが必要だ。


 適性がある人間が集まれば防衛大学校ぼうえいだいがっこうで訓練して、義勇兵に育てられる。そして義勇兵候補を集めるために春海が考えたのが、『アーツ』というゲームに優勝すると賞金一億円がもらえるというプロジェクトだった。


 『アーツ』は『スコーピオン』という、FPS(ファースト・パーソン・シューティングゲーム)を参考にして作った。それで優勝できるなら義勇兵としての適性があると、春海は考えた。


 そこまで聞いた俺は、怒りをぶちまけた。

「くっ、やり方がきたないんだよ! 一億円をエサにして、人を集めるっていうやり方が!」


 しかし春海は、平然へいぜんと答えた。

「だがそうでもしないと、日本は世界中の国々から非難ひなんされ続ける」

「知るか、そんなもん! それに、ペナルティ・スナイパーって何なんだよ! ゲームに負けたからって、殺すことは無いだろう?!」

「ああ、あれか」


 春海はやはり、平然と聞いてきた。

「君は戦場で、一番やっかいな存在を知っているか?」

「何?」

「それは、強い敵ではない。味方のあしを引っ張る、弱い味方だ。だからゲームに負けた弱いプレイヤーは、殺した」

「くっ……」


 伊留美いるみも言っていたが、確かに戦いでは味方の脚を引っ張る弱い味方は困る。ある意味、強い敵よりもやっかいかも知れない。だが俺は、えた。

「でもだからって、殺すことはないだろう?!」


 すると春海は、小さなため息をついた後に答えた。

「殺せばそのプレイヤーは、二度とゲームに参加できなくなる。そうすれば弱いプレイヤーはいなくなって、強いプレイヤーだけが残る。分かりやすいだろう?」

「くっ、貴様きさま! プレイヤーを人間を、何だと思っているんだ?!」

「人間は、強い人間と弱い人間に分けられる。それを、分かりやすくしたまでだ」

「くっ……」


 すると春海は、聞いてきた。

「それでは君に、X国とY国の戦争を止めるアイディアでもあるのかな?」


 俺は、答えられなかった。少し考えてみたが、何も思いつかなかった。

すると春海は、冷静にげた。

「だから君にはこれから、防衛大学校で義勇兵としての訓練を受けてもらい、Y国に行ってもらう。もちろん、タダではない。一億円が、報酬ほうしゅうだ」


 それを聞いて俺は、ブチ切れた。

「ふざけんな! 俺が今までこのゲームで何人、殺したと思っているんだ?! それなのにまだ、人殺しをさせるつもりか?!」


 すると春海は、冷静に答えた。

「そうだ、その通りだ……」


 俺は、吠えた。

「俺は義勇兵になんかならないぜ! どんな手を使ってもな!」


 春海は、銀縁ぎんぶちメガネのブリッジを右手中指で押し上げた。

「その場合、敵前逃亡てきぜんとうぼうとしてペナルティ・スナイパーに頭をかれるとしても?」


 俺はスマホを、自分の首の横に当てた。春海は疑問の表情で、聞いてきた。

「何のマネだね、それは?」


 俺は、答えてやった。

「このスマホで、俺の首をえぐる。そうすれば出血多量で、死ねるだろう。俺はもう、誰も殺さない! たとえ俺が死んでもだ!」


 すると鞍馬くらま防衛大臣は、さけんだ。

めたまえ! 北村修吾きたむらしゅうご君!」


 その声には、俺の自殺を止めさせる迫力はくりょくがあった。俺は思わず、首からスマホを離した。鞍馬は、続けた。

わしももう、うんざりじゃ。これ以上、自国民じこくみんが死ぬのを見るのは……」


 だが春海は、冷静に聞いた。

「それでは義勇兵を集めることは、できませんよ? 私が考えたこのプロジェクトでは、五人の義勇兵をY国に送るんですが」

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