45.魔神群散華
「……機神っていうのが」
「帝国大陸の……」
「魔帝陛下も憂慮を……」
最近。町の人々の元気がない。理由は、俺の耳にも入っている。
「霊魔将様も、沈んだのね……」
ネレイドが、憂鬱そうに。キャベツを切っていた包丁の手を休めた。
そう。最初の炎魔将を皮切りに。地魔将、雷魔将、霊魔将も。
『機神』という、帝国大陸の新兵器に沈められたらしい。いや、確定情報だ。
しかも。ある筋の情報によれば、帝国大陸軍は魔大陸への侵攻を準備し始めたとの話もある。
残りの氷魔将だけでは、魔都を中心とする地方の護りで手一杯で。
自然、他地方の護りは無防備になり、そこに。
帝国の飛行戦艦や飛行空母が襲ってきたときのことを考えると。
俺も、背中に寒いものを感じる。
魔神が魔の因子をばら撒いてくれなければ、魔族は生まれず、それを食うことによって魔法を使役する魔人も。魔法を使えないタダの人間とさして変わりはない。
あの、ローニさんたちみたいな手練れのアームドアーマー隊が襲ってきたら、魔人たちは虐殺されても、抵抗する手段を持たない。
そんなことを考えていても。
俺は。ただの肉屋で、みんなを守ったり、機神を倒す手助けになったりもできない。
『魔神の肉を食ったものは必ず魔神になる』
と。ネレイドの故郷の漁村の近くの山の賢者は言ってたが、俺にはそんな兆しは一切訪れてはいない。そもそも、最近は魔法自体を使っていない。俺があのゴミの街で食ったのは、本当に魔神の肉なんだろうか?
* * *
「あかちゃん、できないね。あたしたち」
ネレイドが哀しそうにししっ、と笑う。
「なんでなんだろうな……。なんか食い物が悪いのかな……」
「でも。あたしには、アルバドがいれば。それでいいの」
「ごめん……。多分、俺が帝国大陸人だから。遺伝子が合わないんだ」
「いでんし? なにそれ。でも、いいの。アルバドがいれば、いいの」
何年間も体を重ね続けて。それでも、俺とネレイドの間には子供ができない。人間と魔人の間には、子供は生せないということなんだろう。
おれは、子供は諦めていたけど。ネレイドに対する愛おしい気持ちは、変わらずに持っていた。
二人なら。ネレイドと一緒なら。
他には、何もいらない。
俺の心の核には、そんな思いが常にあり続けていた。
* * *
帝国大陸からの尖兵は、飛行戦艦三隻と飛行空母一隻で構成されたものだった。
魔大陸西岸に至ったその艦隊は、対地上戦闘要員としてアームドアーマー隊を繰り出してきて、魔大陸の魔人たちの虐殺を始めた。
いままで、魔大陸から帝国大陸に向かった魔神たちが魔の因子をばら撒いて無差別に人間を魔物化させていったように、その復讐のような無慈悲な侵略が始まった。
魔都上空に留まった、最後の魔神、氷魔将は。その持てる力を振り絞って。魔の因子を撒き続けていたが、せいぜい一地方の動物を魔族化するのが精一杯で、魔大陸全体の魔人たちがアームドアーマー隊に反撃を加えるほどの魔素の充実は叶わなかった。
みんなが、魔都に向かって逃げよせていた。もしくは、辺鄙な田舎へ向かって。
とにかく、みんな。死にたくなかったんだ。
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