43.炎魔将の死

「なんだと!!」


 エルズは、大きな声で叫んだ。


「もう一度言ってみろ、どういうことだ!! 帝国などに?!」

「はい。フレイヤ様が討たれました。十二対の翼を持った、太陽のような形をした巨大な機械に討たれたとの話です」

「あなた? 何事です?」


 セニアンが、エルズに不安そうな声をかける。


「我が従兄弟、炎魔将フレイヤが討たれた……。帝国大陸は、何を始めたんだ……?」


   * * *


「まいどありー」

「兄ちゃん、ここの肉、旨いね」

「ども。牧場から牛を買って、俺がと殺してるんですけどね。もともとの牛の肉質がいいからか、旨い肉が取れて。売れ行きは順調ですよ」


 俺は、もう一年以上、この町で肉屋をやっている。食堂も併設していて、そこではネレイドが肉料理を作って客に振舞っている。アルズは、牛の買い付けに行っているところだ。食い意地が張っているだけあって、アルズの肉質を見る目は確かのようだった。


「戻ったぜ、アルバド。きょうも、牛は一頭しか買い付けてこなかったけど、これでいいのか?」

「ウチの店の規模を考えろよ。牛を二匹も仕入れたら、余らせて腐らせる羽目になる。しばらくは一頭でいいんだよ」

「まあ、俺はきれっぱしの肉がいっぱい食えるから文句ないけどな」

「まあ、日々売り上げは伸びてるし。この分じゃ、うまくいけば支店を出せるな」

「追い風来てんじゃないか。よかったな、アルバド。ところで、言いづらいんだが……」

「ん?」

「兄貴から手紙が来た。フレイヤが死んだらしい」

「フレイヤって、あの炎魔将のフレイヤか? 病死でもしたのか?」

「いや、戦死だ。ナルナネック海上空で、帝国の新兵器とかち合って、やられたらしい」

「そうか……。お前にとっては大事だな。何しろ親族中の最有力者が死んだってことは……」

「我が血族の零落にも繋がるかもしれん。どちらにしても、兄貴と相談しなければならない。悪いが、少し休みを取らせてもらう」

「仕方ないな。事が事だからな」

「この町での生活、気に入ってたんだけどな。ネレイドは可愛いし」

「手だしてないことは知ってるから、許す。その発言」

「しかし、フレイヤがやられたって……帝国軍はどんな手を使ったんだ……」

「人間も、存亡がかかってるんだ。どんな手を打ってくるかはわからない。魔神頼みの国防もまずいんじゃないか?」

「魔神がいなくて、魔人の魔法だけじゃ。帝国のアームドアーマー隊を抑えるので手一杯になっちまうよ」

「……とにかく、アルズ。エルズの所に帰れ。お家の大問題だろうに」

「ああ。急ぐ。なに、馬を飛ばせば一日で着く。隣町だからな」


 アルズは、貸し馬を扱っている店に走っていった。


   * * *


「アルバド? アルズは?」


 昼食の客のラッシュが終わった後。ネレイドが何も知らない顔で聞いてくる。


「隣町に帰った」

「なんで?」

「炎魔将フレイヤがやられた。帝国大陸の手によって」

「!! 炎魔将様が?!」


 唖然とする、ネレイド。そうか。魔人にとって、魔神とは守り神。そこまで絶対的な存在だったのか。そんなことを思い知らされるような、驚愕に満ちたネレイドの表情だった。


「なんで?! なんでやられたの?!」

「詳細を聞きに、アルズが隣町に戻った。ひょっとしたら、戻ってきて。詳しいことを教えてくれるかもしれない」

「帝国に魔将さまがやられるだなんて……。今まで一度もなかったのに……」


 何やら不安げなネレイドの頭を撫でて、俺は言った。


「なに、そう心配するなよ。まだ、魔大陸には。氷魔将、地魔将、雷魔将、霊魔将の四魔将が残っている。帝国大陸が侵攻してきたとしても。撃退してくれるさ」


 そんなことを言っているうちに。

 ああ、俺はもう、産まれ落ちた帝国大陸の人間ではなく。

 魔大陸の人間になってしまったんだなあ、と。


 しみじみ思った。

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