38.町を出る
「え? 辞めるって? 仕事を?」
「はい、主人さん」
「なんで!! 何か不満でもあるのかい?! お給料に不足があるなら、上げるから辞めないでくれよ!! きみは、よく働いてくれている」
「彼女と一緒に決めてたんです。ある程度お金が貯まったら、この町は出るって」
「そんな……」
「俺たちは、ここを安住の地にするつもりはないんです」
「……いい町は、探せばそれこそいっぱいあるだろうけど……。この町だって、悪い町じゃない。考え直さないかい?」
「いえ……。お金も貯まったし。おれも、主人さんみたいに自分の店を出したいし……」
「……そうか。そりゃそうだよな。アルバド、君に一生風呂掃除で終われっていうのも酷な話だ。自分の店でもないもんな」
「そういう意味ではないんですが……。すいません、働かせてくれたのに。勝手なことを言い出して」
「いや。男としては、当たり前のことだ。雇われ続けて、それでよしとするような腑抜けは、雇われていても役に立たない。わかった。彼女と幸せにな」
「主人さんも、お子さんと奥さんと。もっと幸せになってください」
「なに、生意気言ってやがる」
風呂屋の主人さんは、涙を目ににじませて鼻を指で擦った。
「世の中は、厳しくも甘くもある。厳しさにへこたれず、甘さに腐るなよ」
「はい!」
「よし、行ってこいっ!!」
「はいっ!! ありがとうございますっ!!」
* * *
「挨拶してきた? あたしの方は、引き留められて大変だった。茶屋のおかみさんが、息子に娶らせるから残ってくれって。凄いこと言われたよ」
俺が風呂屋から出た来たところに、ネレイドが待っていて。そんなことを言ってちょっと寂しそうに、ししっ、っと笑った。
「ん。じゃあ、行こうぜ、ネレイド」
「うん、アルバド」
俺たちは、北街区にあるエルズの屋敷に向かって。貴重品や持って回る品をまとめた背負い袋を背負って。歩き始めた。
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