29.生活のために

 乾物はまあまあの値段で売れた。買い取るときに、商人は足元を見るような値段を吹っかけてきたけど、俺は冷静に、同じ品が売り物として並んでいる様子を見て。これくらいの値段で売りに出しているのならば、こちらの品をこの程度の値段で買っても利益は出るだろう、と言って。結構高めに買わせる事が出来たからだ。


 銅銭の袋を持って宿に戻り、三枚渡して一部屋を借りる。

 落ち着いたところで、ネレイドがもぞもぞと何か言いたそうにしている。


「? どしたのネレイド?」

「……お風呂入りたい……」

「風呂屋、あったなさっき」

「でも、銅銭あんまりないんでしょ?」

「今後のことを考えればね」

「……がまんする」


 俺は、頭の中でいろいろと計算をして。確かに、長持ちさせるだけのことを考えれば削れるところは削った出費をしなければなと思いつつも。


「入ってきなよ、ネレイド」


 そういって、銅銭を二枚渡した。


「……いいの?」

「いざとなったら。山で狩りでもするさ。こう見えても、銛を持たせたら結構なもんだと自分で思ってる」

「……ありがと! 行ってくる!」


 女の子だもんなぁ。清潔好きなのは、当たり前だ。そう思いつつ、俺はネレイドの背中を見送った。


   * * *


「さて、どうしたもんか……」


 俺は、売らずに少し残しておいたイカの乾物を齧りながら考え込んだ。


 この状況は、アレだ。誰も助けてくれない状態で。自分の才覚で生きていかなければならない。そういう状況だ。


「どこかで、雇われて働くか。それとも、山に入って狩りをして。肉を売るか。そんなことくらいしか思いつかないな……」


 そんなやこんなや。いろいろぐるぐる考え込んでいるうちに。

 ネレイドが帰ってきた。


「あっふう。気持ちよかった……。ありがとね、アルバド」

「それは気にしなくていいけど……。ネレイド、俺たち。働かないとこの先立ち行かないかもしれない」

「……うん。あたしもそれはおもってた。お風呂屋さんに、掃除の仕事をする人を募集している張り紙がしてあったよ。あたしやってみようかなぁ」

「お風呂屋の掃除って。力仕事だよなぁ……。わかった。それには俺が応募してみる。ネレイドは可愛いから、どこかの呼び子でもやってみたら?」

「呼び子って何?」

「街にいただろ? 食事処とかで、食べていきませんか? って声かけている若い女の子とかが。アレだよ」

「アルバドって、なんでそんなこと知ってるの? あたしは漁村生まれの漁村育ちで、たまにあの燃やされた街に行くぐらいだったから。何も知らないよ」

「俺は。帝国大陸の文化の例で話しているだけだよ。でも、魔大陸で貨幣経済が始まっているなんて。何かの前兆かなぁ……」


   * * *


 きつい。大風呂の掃除って、相当にきつい。デッキブラシみたいなものがない魔大陸では、風呂の掃除は全部雑巾とバケツでやることになっているらしい。


 ゴシゴシゴシシ。タイル張りじゃなくて、木目張りの床や湯船や壁。垢汚れがへばりつきやすく、落ちにくい。力を相当込めて擦らないと、落ちない。


「きついだろ、兄ちゃん」


 風呂屋の主人が、俺と一緒に掃除をしながらそういう。


「きついですね」

「いままでは、俺が一人でこれやってたんだ。嫁はお腹おっきくなってな。番台しか務まらないからな。子供が生まれたら、今度は子育てだ。きつくなるが……。子供が生まれるってのは、嬉しいもんだよな」


 風呂屋の主人がそう言うと。俺はネレイドとの間に子供ができるのを想像して。なんだか赤面した。


「ん? 兄ちゃん、彼女いるだろ?」

「え? なんでわかるんですか?」

「はは。そういう反応だ。大人になると、いろいろわかるようになるもんだぜ。大切にしろよ? 好きなんだろ?」

「はい。すごく大切な子です」

「正直にそれ言えるんなら。本当に好きなんだな。いいことだ」


 妙な節回しの魔大陸の歌を鼻歌で歌い始めて。

 風呂屋の主人は掃除を続けた。

 俺も、手を動かし始めた。


 ゴシゴシ。

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