13.出立の前に
「アシュメル。ガレージの装甲車を使いなさい」
「パージン博士……? いいのですか? 一台きりしかないのでしょう? 外は、空気中の魔の因子は浄化されたとはいえ、先ごろの魔の因子に冒された元人間の魔族がうようよしているというのに……」
「だから乗って行けと言っている。何、私たちなら大丈夫だ。保存食もたっぷりあるし、この研究所の浄水設備はほぼ万全だ。何より、私たちはアーティファクトヒューマンに関する生きたデータバンクだ。帝国軍の助けがすぐに来るさ」
アシュメルと博士が何かを話してる。俺とステッドとリーナは、カロリーバーを齧りながら、イオンサプライドリンクを飲み、いよいよ外に出る準備を整えつつある。
「施設内の銃撃訓練場で。多少の訓練は積めたかい?」
研究所員の一人が、俺たちに銃を渡しながら。少々不安そうに聞いてくる。
「君たちには、極秘にとは言え。抗魔ワクチンを打っているからね。貴重なサンプル品のノーマルヒューマン用のワクチンを使ったんだ。死なれちゃ甲斐ないってもんだからね」
そんなところに、女の研究所員も言ってくる。
「魔神が魔の因子を散布した後は、それを吸った動物全てが魔族になる。相当な数の魔族が存在することになるわ。こんな田舎町でもね。本当なら、ガトリングガンでも渡したいところなんだけど……。生憎、軍属施設であっても基地ではないここには、そんな火器は無いわ。私が渡せるのは……、よいしょっと」
女研究員は、なんだか重たそうに大きな袋を渡してきた。
「中には、手榴弾が入ってるわ。いざって時には、これで、ね。ドカンと!」
ウインクしてくる。物騒なおねーさんだな。
「アルバド君、ステッドさん、リーナ。これから、魔族が大量にいると思われる地帯を装甲車で強行突破する。元人間を殺す覚悟は出来ているかい?」
アシュメルが罪の意識を湧かせるような問い方をしてくる。
「おれは。躊躇なくやれるぜ」
ステッドは、一考もなく答えたかのように見えた。
「もう、人間には戻らないのよね……、魔族って。そのうえ、人間をさらに襲って魔族化させていく……。悪循環を止めないと」
リーナも覚悟を決めたようだけど……。
「魔族って……。苦しみを感じるのかい? アシュメル」
俺は、元人間が苦しみを感じるのだったら。そう簡単に魔族の殺戮は出来ない。そう思ってしまった。
「優しいんだね、アルバド君。魔族は、痛みを感じる。人間だった頃の心だって持っている。だが、もう人間には戻らない。それだけは確かだよ」
「……それ、殺さないといけないのか?」
「君は……。自分の進路に人が立ちふさがったとき。どうするんだい? アルバド君」
「……言葉でどいてもらう」
「言葉が通じなかったら?」
「ジェスチャー」
「それも通じなかったら?」
「……」
「魔族は、本能的に人を襲うようにできている。魔神の眷属だからね。それは、避けられないんだ」
「そんな決めつけ……」
「何腑抜けたこと言ってんだ!! アルバド!!」
ステッドが、アシュメルと話していた俺の背中を蹴っ飛ばした。
「お前、牙が抜けたのか? ゴミの街のこと、思い出してみろ!! アルミ缶やペットボトルの奪い合いで! 他人を押しのけなかったとは言わせねぇぞ!! 今度の相手は、魔族で。奪い合うのが、アルミ缶の代わりに命だってことだけだ!! わかったら、さっさと胆据えろっ!!」
「いってえ!! ステッド、蹴るなって!!」
「ははっ! 陰鬱に悩むのがお前の悪い癖だ。どうしても魔族が殺せない時は、俺に任せろ。俺は相手が牙向いてきたら容赦ってもんをしないからな」
「……ったく。乱暴だな!!」
「お前は昔っからいつもそうだよな。悩むことが多くて、一人じゃあんまり物事を決められなくて。いっつも俺の後ろをついてきてた。いいぜ、俺は、お前の兄貴分だ。その兄貴が言う。今は、余計なことを考えずに立ちふさがるものは薙ぎ払うべきだ。自分で決められないんだったら、従っとけ」
「……そうだな……。責任取ってくれよ?」
「お前は、お前の責任で俺に従え!」
「……」
「……」
俺とステッドは。しばらく睨みあった後。
「ワハハハハ!!」
爆笑した。悩んでいるときには、無理にでも笑って。行動するしかない。俺とステッドは、ゴミの街でそうして生きてきたことを思い出した。
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