11.アーティファクトヒューマン研究所
「ここが、僕の暮らしている研究所。ちょっと待っててね、今エアロックを空けるから」
相当に大きい施設。外部に何かのタンクやパイプが走っている。そこの入り口のロックコードを解除すると、アシュメルはカードキーを通した。
「魔の因子を洗浄しないといけないから。中に入って、ちょっと待ってね」
アシュメルはそういうと、俺たち全員が中に入ったのを確かめると、エアロックを閉じた。そして、壁のスイッチを押す。すると、音がして。何かの匂いが漂ってきた。
「ん? 何だこの音と匂いは?」
「エアロゾルに滅魔因子を含ませてある。全身くまなく浴びて、完全除魔しないと」
「……帝国軍直轄の施設だよな、ここ」
ステッドが斜視するかのような視線で、しげしげとエアロック内を眺める。
「そうだけど……?」
「ケッ!! 自分たちの安全だけはきっちりと守ってて、民間人は見殺しかよ。見事なもんだぜ」
「優先順位というものがある」
「優先されている奴らは、当然そういうよな」
「……誰もかれもを全て、救えるのなら。誰だって助けたいと思うけど。それは無理ってものだよ」
「特権階級が! 気に入らねえな」
「……そんな戯言を聞く気にはならないね。子供の駄々こねと同じじゃないか」
「こいつ……!」
「殴ってもいいけど、無駄だよ。僕は傷を負っても、すぐ治る。殴る労力の方がもったいないと思うけどね」
「チッ……。まあ、そうみたいだな。おかげで俺たちも助かりそうなわけだし。家族のことは悔しいが、何もお前が悪いわけじゃない。悪いのは、あの魔神ってやつだ」
「善悪で測り切れるようなものじゃないと思うけど……。よし、滅魔完了のランプがついた。エアロックの内側に入るよ」
* * *
「もどりました、アシュメルです。それに、僕の友達たちです。付近の魔の因子が自然分解されるまで、ここに住まわせても宜しいでしょうか?」
アシュメルが声を放つ。友達とは、俺とステッド、リーナの三人のことらしい。
すると。
「戻ったかアシュメル。……流石に、抗魔ワクチンを仕込んだ効果は抜群らしいな。全く魔物化の兆しもない」
「計算結果通りかと」
「フム。そうだな」
年かさの研究員らしい男が出てきて、アシュメルの瞳孔に光を当てたり、脈を測ったりしながら、しきりと喜んでいる。
「……博士。抗魔ワクチンのアーティファクトヒューマンでの臨床実験で、データはもう相当に集まっているでしょう。ノーマルヒューマンへの転用は、いつ頃になりそうですか?」
アシュメルが博士とやらにそう聞くと。
年かさの博士は眉をしかめた。
「いつまでたっても無理だ。人権団体とやらが騒がしくてな。理論と技術上では、ワクチンはノーマルヒューマンに対しても効果はあると思われるが、『絶対の安全』を人権団体は要求してきている。そんなものは、科学技術の特性上、あり得ぬということをわかった上でな」
「……そうですか……」
「ちょっと待てよっ!! ワクチンが普通の人間にも効くってことを話しているんだよな?! なんで今までそのことを隠して、予防接種をさせてこなかった?!」
ステッドがまたブチ切れた。
「アシュメルの友人かね? 威勢のいい少年だな。隠していたわけではない。我々としても、ノーマルヒューマンを救うことに異存はない。だがな、世の中には様々な利権というものがあるんだよ」
「人間が魔族化することで、何処に何の利益が産まれるっていうんだ!!」
「軍隊。弾薬に兵器に軍需物資の産業に利益が産まれる。この大陸において仮想敵のいないわが国には。敵が必要であるらしい。魔族という、な。この研究所は軍属の物だ。上層部の意向に逆らうことはできない」
「……く……そぅ……。金がらみで、助けられる人を助けないっていうのか……?!」
「金だけではない。我々の研究、軍属の者たちの生活。そして、帝国中央の絶対的な求心力。これらを維持するためには、僅かな市民が魔族化して、多少の害をなしてくれる方がいい。それに……魔族による市民の虐殺が起こることによって、世の悲惨さを喧伝し、己どもの懐を温めることに奔走している人権団体の利益にもなる」
「……ぜんぶ、グルなのか……?」
「極めて悪意的に捉えた『完成された世界システム』とは。そういうものだよ。君は無知だな。みんな、そんなことはわかったうえで生きているというのに」
「くっ……。気持ち悪い世の中だぜ……」
「現実というものは、グロテスクなものだよ」
「くっそ……やり切れねぇよ」
ステッドは、項垂れて。現実の重みに耐えかねている様子だ。
それに。
俺だって、同じだ。世の中の仕組みに。
暗澹たる気持ちが、心の中に沸いた。
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