10.正神、狂神、真神

「マカナちゃん。ご飯、ここに置いておくから。もし食べる気になったら食べてね」


 病室401号室。病棟の個室の中で。少女がノートに何かをたゆまず書き続けている。看護師が食事をその隣に置いても。少女は手を止めない。


「あとで様子を見に来るから。それまでに食べておいてね」


 女看護師は、病室を出て行った。


「……名越マカナちゃんか……。可愛い顔しているし、いい子なのに……。なんで、厄介な精神病なんかに……」


 女看護師はそう言葉を漏らすと、ナースステーションに向かっていった。


   * * *


正神【この娘は、心の病を患っている】

狂神【何を言っている。新しき世界の創生のための、既存の秤では測れぬ新しい思想を持った娘だ】

正神【だとしても、感染する思想を持った者を外界に解き放てば、今治まっている世が混乱するかもしれぬ】

狂神【面白いじゃないか。弛まず澱まず。世界というものは変化していくものだぜ?】

正神【危険すぎる。変化の結果が、今より良くなるとは限らぬぞ?】

狂神【当たり前だ。現在を賭けないで未来が手に入るモノか】

正神【とにかく。今あるものを、すべてデータベース化するまでは。この娘を外界に解き放つわけにはいかぬ】

狂神【ふむ。それくらいの用心は良しとするか。あと幾年かかるかわからぬが】


「……そっか。あと、何年も出られないんだ。この病院……」


 正神、狂神などと書かれたノートを畳んで。シャープペンシルを筆入れにしまったマカナは、寂しげに呟いた。

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