8.魔の因子

「体が……? 熱くなって……?」


 俺たちの目の前で。シェルナーナさんは。

 自分の両腕で身体を抱えて、悶え始めた。


「い……やっ!! なに!? なんなの?! あたまが、からだが!! おかしく……なる……!!」


 その絶叫と共に。

 シェルナーナさんの表皮が弾けた。


 そしてそこに残ったのは。


「シェルナーナ!! くそッ!! あの魔神、魔の因子をばら撒いていきおったか!!」


 元はシェルナーナさんだった、化け物だった!!


「父さん……! 僕もだよ……。ここら一帯の空気が……!!」


 続いてコルピオさんの表皮も弾ける。なんだ? 何が起こってるんだよ!!


「ステッド、アルバド!! 地下の部屋にあるマスクを着けろっ!! 私たちは、魔の因子を思いっきり吸ってしまった。もう、『魔物化』は……避けられない……!!」


 エルテルスさんまで!! 表皮が弾けて、筋肉が異常に隆起した化け物の姿になってしまった!!


 俺とステッドは。まだ、地下にいたままだったので、エルテルスさんの言うとおりに、地下室に備えてあったマスクを着けた。


「逃げナさイ……! ワたしタチの意識が残っていルうちニ……!!」


 エルテルスさんたちが、エルテルスさんたちだった化け物が。

 目から涙を流しながら、何かの衝動を必死でこらえている様子を見て。

 俺は、何とか。『俺の家族』を助けたくなった。

 でも。


「アルバド!! 何やってんだ!! せっかくシェルナーナさんたちが殺傷衝動を堪えてくれているってのに!! さっさと逃げるぞ!!」

「ステッド、みんなを見捨てていくのか!?」

「お前は!! 無知だな! みんなは魔の因子を吸ってしまったんだ!! そうして魔物化した人間は、肉体が変貌して理性を失う。そして、元には戻らない!! 魔神が魔の因子を撒き散らしていくなんて、想定外だったけど! 今のうちに逃げるんだ!! 急げっ!!」

「いやだっ!! みんな優しくしてくれたっ!!」

「バカやろうっ!! そのみんなが逃げろって言ってるんだ! 最後の好意だぞ! しかも、人間として最後の!! それを踏みにじるバカがいるかっ!!」

「……ちっくしょお―――――――っ!!」


 俺は、本当に悔しかった。優しくしてくれた。見ず知らずの汚い子供だった俺たちを。短い間だったけど、母親の味を知らない俺たちの母親になってくれたシェルナーナさん。鷹揚に様々な行動を見守ってくれて、生活の保障さえしてくれたエルテルスさん。そして、俺とステッドにと殺の仕事を教えてくれて、上達を楽しみにしてくれていたコルピオさん。


 俺が初めて『家族』を感じられた環境。それを一瞬にして破壊した、『魔神』。


 許さない、許せない。

 俺の心の中に、青い炎がともる。

 

 『復讐』

 それを心に誓って、俺はステッドと一緒に。

 と殺工場から逃げ出した。


   * * *


「アルバド君……?」


 マスクの中から発したような、くぐもった声に俺は足を止めた。

 バスが動いていないので、とりあえず生き残りを探そう、と。ステッドと一緒に学校に向かっていた時だ。


「……? 君は?」

「私、リーナ。私たちクラスメイトじゃないの、アルバド君。忘れたの?」

「……君か。取り巻きがいないから、気が付かなかったよ」

「そりゃあ、そうさ。リーナ、君は取り巻きのオプションがなければ、ただの無能だからね」


 この失礼な言葉を吐いたのは、俺じゃない。

 リーナの後ろに立っていた、アシュメルだ。


 驚いたことに、この魔の因子が充満していると思われる場所で。

 アシュメルはマスクをしていなかった。


「アシュメル……? なんでマスクしていないで平気なんだ?」

「最新型に体をカスタムしてもらったのが一昨日だからね。魔の因子ジンに対する抗体も付加してもらっている」


『魔の因子に対する抗体』


 その言葉を聞いた時。俺はほとんど脊髄反射と言っていいかのような反応をした。


「アシュメル!! シェルナーナさんたちを! 俺の家族を助けられないか?!」


 懇願するかのような声で、俺はアシュメルに縋り付いて叫んだ……。

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