6.過去のあるなし

「つい最近まで。ゴミ食べてたんだね、アルバド君は」


 アシュメルと知り合ってから一週間くらいかな? 俺は、アシュメルにあんまり言いたくなかった事を言わざるを得なかった。ゴミの街の実態のことについても。


「まあ、ね。どん底のどん底だよ。人間としては生きていなかったってこと、今なら思える」

「それでも。アルバド君は、自分の力で生き抜いてきた。羨ましいよ」


 アシュメルは、なんだか本当に羨望のまなざしを俺に向けてきているかのようだった。


「ゴミ喰いの幼少期なんて羨ましいのか?」

「うん。僕は、研究所の中で育ってきて。世の中ってものを知らない。アルバド君の悲惨な幼少時のことは、多分現実で。人間として現実から遊離しているのは、多分僕の方なんだ。僕も、リアルを生きてみたい」

「リアルに生きているじゃないか? アシュメルは」

「違う。僕には感情がない」

「あるだろ? 人を羨ましいと思ったり、クラスの連中の心を掌握したりして。感情がない人間にはできない芸当だぜ?」

「なんていうんだろうな……。僕は、学校が終わると研究所に帰る。そこで、一日の間に感じた感情の掃除をされてしまうんだ。その中のメモリーの内。使い物になる感情回路を組みなおして、また僕の中にインストールしなおす。研究所の職員がね。要するに、データ取りのユニット扱いなんだよ、僕は」

「……よくわかんねぇ……」

「僕は、怒ることを許されていない。行動の制限がかかっているんだ」

「怒らないと、不都合が色々あるだろ?」

「あるよ。怒っている相手の言葉を、暴力を。全部この身に受けなくちゃならない。ただ、僕の体の再生能力は人並み外れていてね。僕を殺せる人間は、早々はいない」


 アシュメルはそう言うと、メガネを押し上げながら自嘲気味な苦笑いを浮かべた。


「まあ、データを収集するには、データを発する人間の行動のすべてを身に受けたほうが、データ量としては多い。これも効率性によって弾き出された感情行動拘束だよ」

「……要するに、感情のサンドバッグになってるってこと?」

「パンチングマシーンの方が近いかもね。身にダメージを受けることによって、相手の力量やら様々なことを探る機械みたいなもんだよ」

「……なんだか辛そうだな、それ」

「仕方ないんだよ。どのクラスにも、どの学校にも。どの会社にも。僕みたいな存在が配置されていて。そこから得られるデータをもとに、学校や社会運営がなされている。打たれ役がいないと、帝国の統治AIの成長のためのデータが滞る。その代わりと言っては何だけど、僕らAHは、常に肉体と精神のアップデートを受け続けられる。惨めな旧式になることはないんだ」


 アシュメルの奴。自分の境遇を嘆いているのか誇っているのか微妙な表情をしている。


   * * *


「今晩はマカロニグラタンよ。手を洗って、うがいも忘れずにね」


 エルテルスさんのと殺工場に学校の送迎バスで帰ってきた、俺とステッドにシェルナーナさんが笑顔を向けてそう言った。

 エルテルスさんはもう六十歳になるらしいけど、シェルナーナさんはそんなに歳が行っているようには見えない。エルテルスさんの奥さんで、コルピオさんのお母さんなのに。


「あはは。私、後妻だから。まだ三十代よ?」


 俺とステッドの失礼な質問に、シェルナーナさんは何ということもなくそう答えた。そうか、後妻さんなんだ。道理で若いはずだよ。


「俺らの母親が生きていたら。ちょうどシェルナーナさんぐらいの歳だと思う。だからって、いつも甘えさせてもらってて。いいのかなって思うんですけど……」


 ステッドがちょっと引き気味の言葉を吐く。そうか、と俺も思った。

 俺たちは、エルテルスさんとシェルナーナさんの実子ではないから。


「旦那ね、もう種が出ないのよ。子種。だから、実子は諦めてるの。だからね、いっぱい甘えなさい? 旦那の前妻の子のコルピオさんはもう大人だし。実の子供がいないこの年頃の女性ってね。甘えられる事にも飢えているのよ」


 シェルナーナさんは、そんなことを言って。また笑った。


 その時。家中の通信機器がバカでかい音を立てた!!


『魔神襲来警報です!! 識別信号はMG=119!! 精神エネルギー吸収型の魔神個体が近隣区域に来襲しています!! これは訓練ではありません!! 速やかに近隣の結界シェルターに避難を開始してください!!』


「!!」

「え?!」

「なんだ?! シェルナーナ!!」

「あなた、コルピオさん!! 魔神襲来警報が!!」


 魔神? なんだそれ?!


「シェルナーナさん、エルテルスさん? 魔神って、なんの……?」

「ステッド、アルバド。シェルターの中で説明をする。まずは、地下にある結界シェルターに急げ!!」


 エルテルスさんが本当に焦った声でそう言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る