3.歩く時間

「あっちい……。バスで一時間の距離ってなると……。流石に歩きじゃヘビーだな」

「足痛い……」


 俺たちはバス賃がないので、サウィードの街の料理屋でもらった地図を見ながら、

アスファルトの道路を歩き続けていた。


「大体どれくらい来た? 半分くらい?」

「バカ言うな。その半分も進んじゃいない」

「おがう……。この夏の熱射さえなければ、だいぶ楽になるんだけど……」

「文句ぶー垂れてても仕方ねぇ。とにかく、足動かして進むぞ」

「靴がぼろいから、底が剥がれてベロベロ言ってる」

「元々ゴミだからな、その靴も……。しかしあちいなぁ……」


 俺たちは歩き続けた。すると、周りの光景が徐々に変わって来た。

 ビルや住居などの人の住まいそうな、出入りしそうな施設が減っていって。

 荒れた雑木林や、雑草の生い茂る原っぱ。そして、大きな森に入っていった。無論、道路は続いている。


   * * *


「着いた……。ここだ」

「住所間違いない?」

「間違いない。それに、この獣臭さは、と殺場のものだろう」

「……うん、獣臭いね」


 俺は鼻をすんすん言わせて、周りに漂っている臭いをかいで確認した。


「んじゃ、行くぜ。こういう場合は、裏から回ったほうがいいのかね?」

「多分」

「じゃあ、裏から行こう」


 ステッドと俺は、建物の正面入り口からではなく、裏口の方に回った。


   * * *


「はあ……。君たち、何歳なんだい? その年で学校も行っていないのかい?」


 と殺場の主人との会話にまでは漕ぎつけた。あとは、話を何とかまとめるだけだ。


「俺たちの街には、学校なんてありませんでしたんで……」


 ステッドが言う。


「住所や戸籍も無いのかい?」

「多分。親が生み捨てにしたようなものなんで、俺たち二人は」

「ふむ……。とりあえず、働かせるかどうかはともかく。風呂に入りたまえよ。酷い臭いだ。おい、シェルナーナ。この子供たちを風呂に入れてやってくれ。出たら、コルピオのもう着ない子供のころの服を着せてやれ」


 シェルナーナと呼ばれた、金髪の女の人がと殺場の主人の声に応えて、こちらに寄ってきた。


「……。臭いわね、本当に。いらっしゃい、二人とも。お風呂に入らせてあげます」

「え……と。いいんですか?」

「君たち、名前は? まさか、名前もないなんて言わないわよね?」

「僕はアルバドと言います」

「俺は、ステッドです」

「じゃあ、アルバド君にステッド君。ついてきて。お風呂はこっち。でも、家に上がるまえに、その汚い服と靴、脱いで頂戴。あとは足も拭いてね」


 てきぱきと指示を飛ばすシェルナーナという女性。俺たちが住んでいたゴミの街にはいなかったような清潔感を醸し出していて、ああ、女の人って綺麗なんだなぁって。

 俺は思った。


   * * *


「……手こずったわ……」


 シェルナーナさんが、主人さんに言う。


「ただ子供を風呂に入れるだけだろうに? 何に手こずったんだ?」

「あなた。この子たちを洗っていたら、ボディブラシが一本と洗顔スポンジが三つ。使い物にならなくなったわ。体の汚れが頑固さんでね」

「……どうすれば人間がそこまで汚れを溜められるんだ……」

「多分だけど。この子たち、産湯を上がって以来お風呂に入ったことないんじゃないかしら? でもまあ、一通りは。綺麗にしたわよ」


 俺たちは、主人さんの子供が昔着ていたらしい柔らかくて破れていない洋服を着せられて。なんだか、気分までがフワフワしてきた。その状態で、主人さんの目の前に出た。


「ふむ……。シェルナーナ。子供の髪の毛ぐらいだったら、切れるよな?」

「それくらいなら。このぼさぼさ頭では、どうにもならないものね。お二人さん、今度は髪の毛を切るから。庭に出て。靴は、サンダルがあるからそれを穿いてね」

「は、はい」

「……あの……」


 ステッドが、おずおずとなんで見ず知らずの俺たちに良くしてくれるのかと、シェルナーナさんに尋ねる。


「? 子供が困っていたり、飢えていたりしていたら。助けるのが世の中ってものよ? 私たち、何かおかしいことしている?」


 ステッドの問い自体が不思議なものであるように。シェルナーナさんはにこりと笑った。

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