2.ステイション

「行くのか……。寂しくなるが。お前たちの未来を封じるわけにもいかぬ。重々気をつけて、自分を大切にするのだぞ、お前ら」


 俺たちの街の唯一の駅。そこで切符を二人分買って、改札をくぐる前に。ゼバルナじーさんが俺たちの手を案外強い握力で握りしめながら言った。


「まあ、戻ってこれるのはいつになるかわからないけど。無為に死ぬ気はないから。そこらへんは安心してくれよ、じーさん」


 ステッドがそう言う。


「? アルバド、どうした?」


 じーさんとステッドが俺に尋ねる。

 その時、俺は蒼白な顔をしていたらしい。


「ゲロ吐きそう……」

「あーあ。昨日の腐り肉が中ったか。駅の便所で吐いて、水でも飲んで来い」

「うん……」


 俺はフラフラと駅構内の便所に向かう。

 そして、便器の中に強かに嘔吐をぶちまけた。

 でも、出てきたのは胃液ばっかりで、あの緑色の肉は欠片も出てこなかった。


 洗面台の水で口をゆすいで。少し落ち着いた俺はステッドが待っている一番ホームに向かった。そこでステッドと二人、次の帝都方面行き上り電車が来るのを待つ。


「ゲロ済ましてきたか?」

「胃液吐いたらスッキリした」

「あの肉は消化しちまったかな?」

「多分ね。何喰っても消化しちゃう自分の胃袋や腸にある意味恐怖を覚えるよ」

「ははっ! 違いねぇ。俺らゴミ喰いは、どこ行っても生きていけそうだよな」

「体からゴミの臭いがプンプンしてるけどね、俺ら」

「しょうがねえよ。新陳代謝の元のエネルギー源がゴミなんだからよ」

「なんていうか。他の街の人間から見たら、人間扱いされないだろうなぁ……」

「最初はな。これから向かうサウィードの街は、畜産が盛んな街だ。家畜の解体の仕事に慢性的に手が足りてないって、ゴミの中に混じってた求人誌に書いてあった。

まさかと殺業者が雇う人を選んだりはしないだろうさ。俺たちは、家畜殺しの仕事の下積みとしてあの街で生きていく。そして、稼ぐ。ある程度貯金が出来たら、また帝都に向かって駒を進める。意味、分かるよな?」

「ああ。途中で財産を築いていって、皇帝陛下に面謁する資格を得ようってんだろ?」

「この国の上層部に賄賂が通じるかどうかは分かんねぇけど。何にしても金は必要だ。覚悟決めろよ、アルバド。大金稼ぐってのは尋常じゃねぇ苦痛を伴うぞ」

「うん。それは、このゴミの街で思い知った」

「俺ら、終わらねぇぞ。半端なところじゃ」

「うん」


 やがて、一番ホームに列車が入ってきて。俺たちはそれに乗り込んだ。


   * * *


「周りの人たちが眉しかめてるね」

「気にするな。俺たちは法は破ってない」

「やっぱ臭いのかな」

「まあな。臭いだろうな」


 列車の中で。俺たちの周りのは人の輪の空白が出来ていた。腐った脂の臭いや、身に積もり切った垢の臭い。それに、元々ゴミの中から引っ張り出して身に付けている衣服。臭くないほうがおかしい。


「……なんか、なんとも言えない気持ちがする」

「俺たちは法を犯してはいない。それでいいだろ。この電車だって、ちゃんと運賃を払って乗っている。文句なんて言えないはずだ」


 ステッドの言うとおりだ。車掌が切符を切りに来た時も、鼻を押さえて明らかに嫌な表情はしたものの、降りろとは言わなかった。


 それでもなんだか。もやもやした気分で電車に乗り続けること三十分くらい。


「着いた。降りるぞ」


 ステッドが俺の背中を叩いた。


「え? もう?」


 驚いて聞き返す俺に、ステッドは言った。


「ゴミの街で稼いだ金で来れるのは、ここまでだ」


 驚いた。俺たちがゴミの街で働いていた五年分のお金が、この三十分で吹っ飛んだんだから。


「納得できないのは分かるぜ、アルバド。でも、金の価値ってもんがな。あるらしいんだ」


 ステッドも流石に憮然としてそういった。


   * * *


「んだぁ? 何だよお前ら?」


 ガタイのやたらと良い、肉包丁を持った男はそういった。


「働かせてほしい。何でもする」


 ステッドは、ガタイのいい男に怖じることなく食い下がる。


 サウィードの街の裏通り。料理屋の裏で、ステッドが頼み込んでいる。


「ウチは料理屋だぞ? お前らみてぇなきったねぇガキを使えるかよ?」

「家畜殺しに使ってくれ。人手が足りてないんだろう?」

「この店で家畜をしめたりはしねぇよ。と殺業者なら紹介してやってもいいが。どうする?」

「!! たのむ! ぜひ頼む!!」


 ガタイのいい男、結構いい人っぽい。もちろん、ステッドの熱情がその答えを引き出したのかもしれないけれど。


「郊外になるんだがな。バスで一時間ってところだ。住所と紹介状を書いてやるから、ちょっと待ってろ」

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