魔神導師~アルバドとステッド~

べいちき

1.ゴミ捨て街の孤児たち

「おい、喰うなよその腐った肉。緑色になってんじゃないか。あとでゲロ吐いても知らねぇぞ?」


 何をいまさら。俺はそう思った。


「死ぬんなら、死んじゃってもいいんだよ。別に」


 僅かに変わった香りのする、腐った肉を頬張りながら。俺はゴミ漁り仲間のステッドに答えた。


「そういうの、良くないぞ。せっかく毎日働いてるんだからよ」


 ステッドは俺の兄貴分だ。この、帝国中の腐りものが大量に運ばれてくる街で、俺に食えるゴミの見分け方とか、集めればはした金にはなる資源のこととか。色々教えてくれた。

 そもそも。俺たちの住んでいるこの街に帝国中のゴミが運ばれてくる理由は簡単で。もともと、農業の街だったんだ、俺たちの街は。

 ただ、生産高が下がってゴミが運ばれてくるようになってからは。大人たちはそのゴミの価値を認められなかった。


『ゴミの集積所にまで落ちぶれたか、わが街は』


 そんなくっだらねぇこと言って、生ゴミの有機質性に目をつけて堆肥にして土を豊かにすることまでは頭が回らなかったらしい。

 俺の父ちゃんも母ちゃんも。帝都に出稼ぎに行くって言ってこの街を出た。そして、帰ってこなかった。出て行ったのは俺が物心つく前だったから、俺は両親の顔を知らない。街の長老のゼバルナじーさんが何とか俺が自分で立てるまでは育ててくれたけど、そこから先はステッドについて毎日ゴミを漁る日々だ。


 不思議なことに。俺たち街のゴミ拾いっ子たちはみんな体が頑健だった。ロクなもん食ってないから、筋肉の量も少ないし、脂肪もほとんどないんだけど、なんていうか『根性筋こんじょうきん』とでも言えばいい筋肉がついているのかどうか。よくわかんないけど、酒飲んだくれてる大人にぶん殴られたって蹴られたって、翌日にはケロッとしてるやつらばっかりだ。


「旨いよ、この腐りかけの肉。ステッドも食う?」


 俺は、ステッドに齧りかけの肉を差し出した。


「腐り肉に中るのはごめんだ。やめとくよ。お前ももう食うなよ、アルバド」

「んにゃ。全部食う。中っても上等ないい味がする」

「……勝手にしとけや。俺はゴミ拾いに戻るぞ」


 ステッドはそう言うと、手を振りながら踵を返して、背中を俺に見せながら手を振った。

 夕日がゴミの山々の向こうに沈もうとしていた。


   * * *


「長老。アルミ缶とペットボトルを業者に交換してもらって、これだけの額になった。取っといて。俺たちは、生ゴミ喰ってるからそんなに腹減ってない」


 ステッドが、ゼバルナじーさんに食費としてわずかな額の金を渡した。


「ステッド……。こんなジジイなど見捨てればいいものを。アルバドもじゃ」


 申し訳なさそうにそう言うゼバルナじーさんに、俺は思わず言った。


「そうはいかねーだろうよ、じーさん。俺たちが生きてるのって、親に捨てられたも同然の俺たちに、なけなしの年金使って粉ミルク飲ませて育ててくれたじーさんのおかげだもんな」

「そそ。そういうこと。アルバド、恩ってものは返さないと人倫の道を外れるもんな。いいこと言ってくれたよ」

「お前ら……。良くこの街でモラルを保てるものだな。お前たちが縄張り争い以外で人を殴ったという話も聞かぬ。いい子たちだよ」


 じーさんが感嘆したかのように言ったので、俺たちは少しこそばゆくなって、くすくす笑いながら二人でじーさんの前で言葉を紡いだ。


「まあ、なぁ? なあ、アルバド?」

「ああ。じーさんが育ててくれたからだよ」

「じーさん、優しいからなぁ、うん」

「……いかんな。年なもので涙腺が緩んでおる。今夜はもう寝よう。お休み、ステッド、アルバド」

「俺たちはもう少し起きているよ。おやすみ、じーさん」

「おやすみ、じーさん」


 じーさんが掘っ立て小屋の寝床に潜って寝息を立て始めたころ。俺とステッドは表に出て星の夜空を見上げながら。話し始めた。


「金、貯まったか? そろそろだろ? じーさんの食費差し引いても」


 俺はステッドに問うてみた。


「片道分。二人分の切符代は貯まった。この街は、ダメだ。大人がバカすぎる。ゴミの送られてくる理由も考えないで、軽薄なプライドを傷つけられて、やる気を失って子供から金を奪って酒飲んでるやつらばっかりだ」

「ステッドが教えてくれたんだよな。農地にゴミが送られてくる理由。無機質ゴミともかく、有機質のゴミは肥料になる。そう聞いたとき、なるほどって思ったけどね、俺は」

「わからねぇんだよ、大人は頭が固いから。送りつけられたのが金塊だったら、目を輝かせて皇帝陛下を尊崇してたはずだがねぇ。腐らせて、土に混ぜて。土地を豊かにして作物を育てれば、なまじっかな金塊なんかの価値を超えるだけの贈り物だぞ、定期的なゴミ配送ってよ」

「だろうね。所詮ゴミ捨て場の街だって、自分たちを卑下して、やけっぱちおこしてる奴らばっか。皇帝陛下はこの街を疎んでいるとかよくわからない理屈唱えてるのが多いし。この街の大人はね」

「まあ。皇帝陛下も書状の一つでも付けてくれればよかったんだけどな。いや、宰相のニヒロ様がかな?」

「上の方々は、あんまり下々に指示出さないよな、この国。事細かに書状をしたためて送れば、この街の大人たちも理解すると思うんだけどね」

「まあ。だから俺たちは帝都に向かうんだろ? 途中で金稼ぎながらよ」


 ステッドはそう言うと、ニッと笑って目配せをした。

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