婚約破棄した王子が平民聖女のあたしに乗り換える? 知ってる、これ詰んだ

アソビのココロ

第1話

 詰んだ、とは進退に窮してどうにもならない状態を指す。

 つまり現在のあたしのことだ。


 あたしことヨーコ・ユニヴァーサルは聖女だ。

 どういうことだと言われても、一〇歳くらいの時にビカッという光に包まれて突然魔法を使えるようになった。

 当時のあたしにはよくわからないような偉い人が何人も孤児院に来て、あたしを何十年ぶりかに現れた聖女だって決めた。

 それだけ。


 その後孤児院からは離され、貴族のみが通う学校に放り込まれた。

 孤児院の院長が教育熱心な人だったから読み書き計算くらいはできるけど、その他はまるで初めてのことだったから大変だった。

 でも勉強は面白かった。

 タダで学べる聖女すごい、とその時は思ってた。


 恵まれてるなあありがたいなあと、いつも上機嫌だった。

 そしたら何かモテた。

 周りは皆貴族、孤児院育ちのあたしとは住む世界の違う人ばっかりだ。

 丁重にお断りを繰り返し、ヘラヘラしてるのがいけないのかと思って、周りの御令嬢方を見習って顔を引き締めた。

 クールビューティーと言われ、さらにモテた。

 解せぬ?


 時々聖女としてのお仕事が入る。

 タダで学校に行かせてもらっているのだ。

 対価と思えばお仕事くらい軽いものだ。

 真面目にこなしていたら、皆がすごいすごいとやたらと褒めるのだ。


 当惑。

 仕事をするのは当然のことだし、聖女なら誰でもできることなのだ。

 あたしはべつにすごくないのに。

 聖女というものに幻想を持ち過ぎじゃないだろうか?


 その聖女に対する幻想が原因と思われる事件が起きた。

 チャールズ第一王子殿下が婚約者であるゴールドシュミット公爵家の令嬢を捨て、あたしを婚約者にすると発表したのだ。

 何とバカなことを。

 公爵令嬢エノーラ様は、それはそれは素敵な方なのに。


 あたしが学校に編入したばかりで勝手がわからず、右往左往していた時に、エノーラ様はすぐ気付いて助けてくださった。

 優しくて目配りの行き届いた方なのだ。

 こんな素晴らしい方との婚約を解消するなんて、メチャクチャだ。

 チャールズ王子は顔がいいだけの愚か者だ。

 近々立太子するだろうとの話だけど、ゴールドシュミット公爵家の後ろ盾を失って平気だと思っているのだろうか?


 大体あたしに対して何の断りもなく、いきなりの婚約発表だったのだ。

 もちろん平民のあたしごときに報告する義務なんてないし、あたしがつべこべ言う権利もないけれども。

 ちょっとくらい誠意を見せてくれてもいいのではなかろうか?


 あまりにも申し訳ないので、ゴールドシュミット公爵邸に行く途中だ。

 エノーラ様にお詫びしなきゃいけない。

 バカ王子のせいであたしがエノーラ様への義理を欠くなんてやってられんのだが、そうも言ってられないのが現実というものだ。


 邪魔なことに、後ろからぞろぞろ護衛がついて来る。

 聖女は強いよ?

 だって魔法が使えるんだから。


 護衛なんかいらないのに、聖女になった時に付けられて、王子の婚約者になってその数が倍になった。

 税金と人材の無駄だ。

 でも彼らに文句を言っても仕方ない。

 彼らだって仕事をしているだけなのだから。

 仕事でなかったら誰がこんな断罪間近のあたしの護衛なんかになりたがるだろうか?


 そう、断罪。

 あたしは流行の本をよく読むので知っている。

 婚約者のいる第一王子を寝取った平民聖女は断罪されるものと決まっている。

 その確率は九割を遥かに超えているのだ(あたし調べ)。


 一切の弁解が許されない。

 だってあたしは平民だもの。

 寝取ったわけじゃないし、自分の知らないところで話が進んでいたとしても、罪を全部押し付けられてしまうものなのだ。

 詰んだ。


 せめて身動きの取れる内に。恩ある麗しのエノーラ様にお詫びをしなくては。

 さて、ゴールドシュミット公爵邸に着いた。


          ◇


「聖女ヨーコ様がお越しになりました」

「入ってもらってちょうだい」


 はわわわわ、聖女様がいらっしゃった。

 私に何の御用でしょう?

 お妃教育の引継ぎについてかしら?

 でも聖女様の頭脳なら私に聞くまでもなく、すぐに理解してしまわれるでしょうに。


 お父様とお母様は聖女様から先触れがくると、すぐに逃げてしまいました。

 どうせ第一王子チャールズ殿下関係のことに決まっているからと。

 それはそうでしょうけれども、私一人では荷が重いんですけれど!


 聖女様は完璧なのです。

 その美しさも、頭の良さも、魔力も。

 歴代の聖女で最も強大で、得意不得意なくオールマイティーに力を発揮できると言われています。

 それでいて腰が低いのです。

 平民の孤児であるからと、決して目立とうと前に出ることをしません。


 聖女様は孤児院育ちですので、本来ファミリーネームを持ちません。

 でも学校の生徒は皆は貴族ですので、姓を持つことが前提なのですね。

 手続き上、姓が必要なことがありまして、聖女様は少し考えた挙句、ヨーコ・ユニヴァーサルと名乗りました。

 聖女様がかつて暮らしていたユニヴァーサル孤児院から名を取ったのです。

 孤児院の皆は大事な家族ですから、と恥ずかしそうに答えた聖女様萌えええええええ!


「エノーラ様、御機嫌よう」

「あっ、聖女様。よくいらっしゃいました」

「この度はどうも申し訳ありませんでした」

「えっ?」


 ぺたっと平伏する聖女様。

 たくさんの護衛を引き連れてその格好はとってもシュール。

 じゃなくて!


「せ、聖女様! やめてください。顔を上げてくださいな」

「でも、エノーラ様には何とお詫びをすればいいのか……」

「チャールズ様との婚約についてでしょうか?」

「そうです。あのバカ王子がこともあろうにエノーラ様との婚約を解消するとは……」


 えっ? 後ろにいるのは王家に付けられてる護衛ですよね?

 チャールズ様のバカ王子扱いに無反応なんですけれども。

 それだけ聖女様に心酔しているのかしら?


「バカ王子とあたしとの婚約が発表されましたが、あたしは了承していません。ええ、断固拒否しますとも!」


 初めて後ろの護衛達が動揺しました。

 それはそうでしょうとも。


「どうしてチャールズ様との婚約を了承しないのですか? いい方なのですよ? イケメンですし」

「決まっているではありませんか。エノーラ様を追い出す格好になるのは許せないからです」


 聖女様がそこまで私を買ってくださるのは嬉しいです。

 そりゃあ婚約解消を告げられた時は悲しかったですよ?

 でも私は聖女様に何一つ敵わないのです。

 王太子たろうとするチャールズ様に相応しいのは聖女様だということくらいはわかります。

 むしろ聖女様の前の婚約者だったことが誇らしいくらいです。


「大体エノーラ様が王太子妃、そしてゆくゆくは王妃となられた方が国が治まるではありませんか。公爵令嬢でいらっしゃるのですから」

「えっ?」


 それはパワーバランス的にという意味ですか?

 あっ、聖女様は完全に勘違いしている!


「エノーラ様は人格もできていらっしゃいます。学校に編入してきたばかりのあたしを常に気遣ってくださいました」


 聖女様を気遣うのは当然ではないですか。

 国運を左右する存在なんですから。


「エノーラ様はあたしなんかよりずっと国母たるべきなのに、バカ王子は何をトチ狂ったのだか……。彼ら護衛達の数だって、エノーラ様がバカ王子の婚約者だった時よりも多いのでしょう?」

「そうですね」

「私は平民の孤児ですし、魔法も使えるんですから護衛など必要ないのに。もっとエノーラ様を大事にするべきでありました」


 違います違います!

 聖女様に陛下やチャールズ様以上の数の護衛が配されているのは、それだけ重要人物だからですよ?

 さらに言うと、王家が聖女様をそれだけ厚遇しているということを、臣民あるいは諸外国にアピールするためです。


「もうあたしは処刑される前にバカ王子をぶん殴ってやろうかと思います」

「ぶんなぐ……」


 私の読んだ流行本によると、確か聖女パンチは全てを無に帰すと書いてありました。

 大変です!

 チャールズ様の凛々しいお顔が消し飛んでしまいます!

 いえ、それ以前に……。


「処刑されるとはどういうことですの?」

「あたしのような平民が第一王子の婚約者なんて、国が乱れる元でしょう? 誰も賛成しませんよ。バカ王子でも第一王子には変わりありません。ここはあたしが罪を引き受けるしかないではありませんか」


 あっ、そういう思考回路でしたか。

 わからなくはないですけれども、どうも聖女様は御自分の実力と影響力を極端に過小評価しているように思えます。

 聖女様がチャールズ様の妃となることに関して、反対する者など誰一人おりませんから。


「明日、王宮に呼ばれているのです。おそらく婚約に関して詳しいことが伝えられるのだと思います」

「私も御一緒してよろしいでしょうか?」


 後ろの護衛の皆さんが一斉にコクコク頷いています。

 どうやら聖女様の認識が世間一般と大きくかけ離れていることに気付いていて、チャールズ様や聖女様に意見できるのは私だけのようです。

 一命を賭してでも仲立ちせねば!


「エノーラ様もバカ王子に一言あるのですね? 了解です。エノーラ様にも同行願いましょう」


 一言あるのはその通りですけれども、おそらく聖女様が思っているのとは全然内容が違いますよ?

 ああ、明日はどうなることやら。


          ◇


 ――――――――――チャールズ第一王子視点。


 予の婚約者である聖女ヨーコ・ユニヴァーサルが登宮した。

 急な婚約発表となった仕儀を説明するために召喚したのだが、予の元婚約者であるエノーラ・ゴールドシュミット公爵令嬢を伴っているという。

 どういうことだろうか?


 予の読んだことのある流行本には、婚約者と元婚約者が手を携えて会いに来るストーリーのものはなかったな。

 エノーラはもう婚約者ではないのだから、呼ばれてもおらぬのに予の元に来るなどはしたないではないか。


 まあいい。

 エノーラも自身の将来が激変しているからな。

 ものわかりがいいように見えて、予に対して恨み言の一つも言いたくなったのかも知れぬ。


「聖女ヨーコ・ユニヴァーサル様、公爵令嬢エノーラ・ゴールドシュミット様がお越しになりました」

「通せ」


 ああ、聖女ヨーコは美しい。

 そしてエノーラは……あれ? 聖女ヨーコを気にしてばかりで、予の方を全く見ないではないか。

 どういうことだ?


「二人とも腰掛けてくれ。本日呼び出したのは聖女ヨーコとの婚約についてだが」

「お断りします」

「は?」


 聞き慣れないことを聞いたような気がするな。

 予はチャールズ第一王子。

 我が国に予と結ばれる以上の幸せな婚姻はない。

 聖女ヨーコと恋仲の者がいるという報告も受けていない。

 うむ、やはり空耳だったか。


「婚約はお断りいたします」


 ハッキリ聞いた。

 空耳じゃなかった。

 その凛とした声で拒絶されると、精神的ダメージが大きいなあ。


「せ、聖女ヨーコよ。理由を聞いていいか?」

「エノーラ様との婚約をないものにしてあたしと婚約なんて、あたしが喜ぶとお思いですか?」


 うわ、軽蔑しきったような目もゾクゾクする。

 何と聖女ヨーコは罪な女なのだ。


「エノーラ、そなたが聖女ヨーコにつまらぬことを伝えたのか?」

「いいえ! そもそも王家から聖女様にはどこまでの連絡が行っているのです?」

「何も伝えておらぬ」


 というか、今日話すために呼んだのだが。


「やはり……聖女様は大変な誤解をしておられます」

「誤解だと?」

「死をもってチャールズ様をお諌めするためにここにまかりこしたのかと」

「死をもって……」


 えっ? どうしてそうなる?

 そんな内容の流行本があったかな?


「聖女ヨーコよ。まずそなたの言い分を聞こう」

「僭越ながら。あたしは一介の孤児に過ぎません。エノーラ様のように第一王子殿下の婚約者が務まるはずがありません」

「え? いや務まるも何も……」


 聖女ヨーコは我が国の至宝ではないか。

 聖女であるだけで各国から注目されているのだぞ?

 いるだけで予の妃など務まるのに……。

 待てよ、平民の孤児出身であることを気にしているのか?


「チャールズ様。聖女様は平民の身でチャールズ様の婚約者となることは恐れ多いとか、他の貴族から不満が噴出するのではないかとか。その辺りのことを懸念されているのだと思います」

「何をバカな!」


 誰だ、そんなことを聖女ヨーコに吹き込んだのは。

 あっ、その手の流行本はいくつか読んだ気がするな。

 平民聖女が王太子妃の座を望んで断罪されるやつ。


「それよりもあたしがエノーラ様を蹴落とす格好になるのが我慢できません!」


 本当だ。

 言われてみるとエノーラが悪役令嬢ポジションだ。

 自分の身になってみると気が付かぬものだな。


「ですから殿下との婚約は……」

「まあ待て、聖女ヨーコよ。エノーラの次の婚約は既に内定しているも同然ということは知らぬであろう?」

「えっ?」


 やはりエノーラは言っていないか。

 詰めの大事な時期だからな。


「今から話すことは内密に頼む。エノーラの幸せがかかっている」

「エノーラ様の? わかりました」

「セオドア叔父のことは知っているであろう?」

「女性の噂が絶えない、独身を謳歌していらっしゃる王弟殿下ですよね?」

「そうだ。エノーラが叔父上を好いていてな。叔父上もいい加減に身を固めろということで問題になっている。エノーラと結婚させてしまう計画が極秘に進行中なのだ」


 ハハッ、エノーラが照れている。


「しかしそれは第一王子殿下との婚約解消の理由ではありませんよね?」

「もちろん違う」

「ならばやはりエノーラ様に対して失礼ではありませんか」

「もちろんだ。しかしそれ以外に事態を丸く収める方法がない」

「どういうことでしょうか?」


 聖女ヨーコともあろう者が、本当にわかってないみたいだな。

 いや、自分のことは把握しにくいものだと、予もついさっき知ったところだった。

 小首をかしげる様子が可愛い。


「聖女ヨーコよ。そなたは美しい」

「他人にそう言われることはありますが、たまたまです。そんなもので第一王子妃になれるわけがありません」

「もちろんそうだが、そなたは崇拝の対象になっているのだ」

「えっ?」

「騎士団が出動する規模の魔物退治には必ず出るだろう?」

「それが聖女の仕事ですので」


 聖女ヨーコの言うことは正しい。

 が、歴代の聖女で、ヨーコほどの破魔・祝福・回復の術が使えた者などいないらしい。

 聖女ヨーコの出動した魔物退治盗賊退治で、未だ死者はおろか重傷以上のケガを負った者さえいない。

 これは驚異的なことだ。


「聖女ヨーコはただの仕事だというが、騎士達の間では安全な帰還を約束する女神のようなもの。熱烈に崇められているのだ」

「知りませんでした。あたしは聖女の力を授けられただけですのに」


 歴代の聖女の中でも規格外の力を持っているのだ。


「それに隣国と争いになった時、『花火』を見せたろう?」

「ああ、あまりにもものわかりが悪かったものですから、つい」


 隣国と小競り合いになった時の会談で、双方の主張が噛み合わず決裂寸前だった。

 その時に聖女ヨーコが空に向かって伝説の爆裂魔法を『花火』と称して放ったのだという。

 あまりの威力に双方の司令官が肝を潰し、聖女ヨーコの提案に従い和平を結ぶ運びとなった。

 その提案が必ずしも我が国にとって有利というわけではなく、公平な裁きだとして隣国でも聖女ヨーコの評価は高い。


「それに聖女ヨーコは学校でもよくモテるであろう?」

「平民が珍しいだけですよ」


 平民なのに努力して貴族学校に馴染もうとし、群を抜いた成績優秀さで知られ、しかも控えめな態度で出しゃばらず、美しいからだ。


「聖女ヨーコには自覚がないかもしれぬが、そなたは各方面から求められているのだ」

「……そう言われると嬉しいですけれども」

「そなたの争奪戦は隣国まで含めて熾烈を極めている」

「大げさですよね?」

「大げさではない。爆裂魔法の威力一つを取り上げてみても、そなたを手に入れた者は強大な軍事力を持つに等しいのだから」

「……」


 自分の価値を低く見積もっているのだとしても、さすがに爆裂魔法の破壊力は理解しているだろう。

 だからこそ脅しに使ったのだ。


「したがって王家としては、予が聖女ヨーコを娶るのが最も平和だろうと判断したのだ」

「あたしが誰とも結婚しないと宣言したならば……」

「本気にする者はおらん。聖女を手に入れんとする争いが長引くだけだ。取り返しのつかない事態を引き起こしてからでは遅い。ちなみに婚約解消した上で聖女ヨーコと改めて婚約することは、エノーラももちろん納得していることである」


 エノーラが聖女ヨーコを見つめ、大きく頷く。


「予が大きな力を持つ聖女であるそなたを婚約者とするのは、それが最も平和と安定に近い道だからだ。そなたは平民出身だからと卑下するが、予にとって聖女ヨーコを婚約者とすることは、他の誰よりも周囲を畏怖せしめるということも事実である。聖女ヨーコよ、ぜひ婚約を了承してくれ」

「わかりました」

「感謝する。聖女ヨーコへの連絡が後回しになったことだけは申し訳ないと思っている。が、エノーラと叔父上を結びつけるタイミングの微妙さというものもあってな。エノーラの幸せのためだと思って勘弁してくれ」

「いえいえ、エノーラ様のためとあらば。そうだ、エノーラ様を全力で祈らせてください」

「えっ、よろしいのですか?」

「もちろんです」


 おおおおおおお?

 エノーラが光に包まれる。

 これが聖女ヨーコの全力の祝福か。

 何と贅沢な。


「ふう、数年は効果があると思います」

「エノーラ、五割増しで美しく見えるぞ」

「本当ですか!」

「うむ、今ならセオドア叔父上もイチコロだ」


 エノーラが大喜びだ。

 よかったよかった。


「あの、チャールズ第一王子殿下」

「何だ? ああ、婚約者なんだから気軽にチャールズと呼んでくれ。ヨーコ」

「申し訳ありませんでした。王家とチャールズ様の真意を理解できず、平民を妃に据えようとするバカ王子だと思っていました」

「バカ王子……」


 クるなあ。

 だがヨーコのような美女の口から発せられた言葉だと思えば悪くない。


「チャールズ様とあたしの婚約は政略なんですよね?」

「政略だ。誰もを納得させ得るわけではないが、少なくとも聖女を手に入れることを諦めさせて無駄な争いを回避することは可能だと考えている」

「そうですか……そうですね」

「政略ではあるが、予はヨーコを愛することをここに誓う」


 ヨーコは美しいし優秀であるしな。

 嫌う要素がないではないか。

 あっ、ちょっと嬉しそうだな。


「いい時間だな。食事にしようではないか」


          ◇


 ――――――――――再び聖女ヨーコ視点。


 ぼふっと自室のベッドに伏せる。

 考えることがいろいろあったから。

 というか考えを改めなければいけないことが多かったから。


(あたしが……恋なんかしていいのかな?)


 愛を囁いてくれる人は多かった。

 でも石投げれば貴族に当たる学校だよ?

 投げないけれども。

 平民の孤児が夢見ちゃいけないんだと思っていた。


 チャールズ様との婚約が決まった時は唖然とした。

 第一王子と婚約なんてあり得ん。

 バカも極まれり、詰んだと思った。


 でも思っていたよりずっと聖女の存在というものは重いみたいだ。

 あたしの争奪戦になるとか。

 まさかと思ったけど、理由を説明されれば頷けることだった。

 どうやら流行本でよくある断罪ルートではないらしい。

 ホッとした。


(婚約、か)


 王子様と婚約だってよ。

 あたしはたまたま聖女になっただけなのに、恵まれ過ぎてるんじゃないか?

 もっともっと働こう。

 あたしにできるのは聖女であることしかないんだから。


 チャールズ様、年齢はあたしより三つ上の二〇歳か。

 バカ王子のレッテルさえ剥がしてみれば素敵な方だ。

 格好いいし決断力はあるし。

 今更ながら顔が熱くなる。


(あたしを愛することを誓うって言ってくれた)


 メッチャ恥ずかしい。

 恥ずか死ぬ。

 これが断罪か。


 いや、考えてみれば、チャールズ様とあたしの仲が悪いことはよろしくないんだな?

 聖女を手に入れようとする個人なり勢力なりを蠢動させてしまうかもしれないから。

 つまりあたしは世界の平和のためにチャールズ様を愛さなきゃいけない。


 我ながら色気があるのかないのかわからない結論になったものだ。

 思わず苦笑してしまう。

 でもありがたいことに、そういう使命感があった方があたしも任務として恋愛に取り組める気がする。


(よし、チャールズ様を愛するチャールズ様を愛する!)


 あたしって不器用だったんだ。

 こうまでしないと恋愛できないのだから。

 ふふ、流行本を参考にしないと、ね。

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