第9話

「市街地の状況は」

『交通規制、避難誘導、共にまだ半ばです』

「急げよ」


 瀬尾は苛立ちを押し殺した声で言って通信を切った。

 現在、特災機関及び、陸上自衛隊の一部と地元警察とを連携させ、小宮に通じる高速の入り口を全て封鎖しようとしていた。既に高速内を走行中だった車輌は、強制的に進路変更させ、場所によっては別の入り口へと避難誘導させている。

 壱年前、『Peace Maker』との戦いが終わってからも、緊急対応の準備は怠っていない。

 しかし市街地と、一部とはいえ高速道路の封鎖という大掛かりな作戦を迅速に行うのは流石に厳しいものがあった。救いと言えば、小宮がそれほど大きな町ではない、ということだ。

 今頃は、一般市民からの苦情が、本部に殺到しているはずだ。テレビや新聞も、危機感の無い連中は撮影の許可を求めてきているだろう。勿論許可が下りることは皆無だが。

 小宮インター側に陣取った部隊の班長との通信を終えた瀬尾は、険しい目つきで頭上を見上げた。

 神経を逆撫でするように、気持ちよく晴れ渡った空だった。狙撃手を乗せた迎撃のためのヘリが三機、空中に待機している。

 今度の相手は地上にはいない。飛行能力があるのに、わざわざ降りて戦ってくれるとは思えない。空戦部隊との連携行動は、久しぶりだった。『Peace Maker』崩壊後の残党狩りでは、空中戦の実戦が無かったせいだ。無論訓練は怠っていないが、不安がある。

 それとは別に、藍との通信に、代理と名乗って出た男のことが気になっていた。

 弓埜邸周辺の聞き込みの際に聞いた、藍と一緒にいた男に間違いないだろう。

 後で藍が説明すると言っていたからには、彼女の知り合いなのだろうが、水崎祈が入院している小宮病院に同行したのは何故なのだろう。特災機関の重要人物ということだろうか。後で間宮にも確認を――と瀬尾が考えていると、


『弓埜博士の車輌を確認。現在市街地を走行中。高速入り口まで数分と思われます』


 藍の逃走援護のため、先行させていた偵察ヘリから通信が入った。

 了解とだけ答え、別の通信機から指示を出す。待機していた三機のヘリが、ローター音を轟かせて頭上を通過していった。それに合わせて地上部隊も動き出した。

 全体の人数は前回の残党狩りよりも少なかった。負傷者は、重傷の者以外作戦に参加しているが、それでも六十人強にしかならない。その人数を、小宮側とこちらとで二分していた。小宮側で迎撃し、それを突破された場合は、瀬尾が率いる部隊と挟撃にする予定だった。

「大丈夫でしょうか」

 側についていた通信員が、不安げな声を上げた。

「何がだ」

「我々の人数です。昨日の今日ですから、緊急補充ができないのは分かりますが」

 警察や自衛隊などの公的機関から、人員を借りて補充するということも、事前に手続きを踏めば可能ではあった。しかし今回は急な出動だったため、そんな暇は無かった。

「……元々、特災機関は少数精鋭。数を頼みにした部隊ではない」

 瀬尾個人の考えとして、外部に頼りたくないということもあった。

 対キマイラ戦の訓練を日常的に受けている隊員と、対人戦の訓練しかしていない外部の人員では、その先頭技能や精強さが違う。

 ただの人間の犯罪者相手のようにはいかないのだ。必要な連携がとれずに、逆に足手まといになる可能性があり、それは隊員の負傷や死を意味する。

「それは分かっていますが……」

「なら無駄口を叩くな。信じろ」

 そもそも特災機関の戦闘部隊は、各機関から選び抜かれた人員で構成されている。そして配属されてから更に鍛え上げられ、言葉以上の精鋭となっているのだ。

 瀬尾は先行して小宮方面に向かった援護ヘリとの通信を繋いだ。

「敵は?」

『報告通りです。姿が見えません』

「熱源感知は?」

『先程から行ってはいますが……』

 厄介な敵だ。瀬尾の眉間に皺が寄った。

 姿を隠す能力を持った敵は、壊滅した『Peace Maker』にも存在していた。しかし熱源感知すら不能というのは初めてだった。機関が把握していない、何らかの新たな技術を使っているのだろうか。

「車両の様子は?」

『かなりの被害を受けていますが、無事――』

 言葉の代わりに、爆発音が返って来た。

 そして、無音。

 一瞬、その場の誰もが言葉を失った。

「――各員乗車しろ、小宮方面へ移動する」

 我に返った瀬尾が、側の通信機を引っ掴んで怒鳴った。

「市街地で活動中の陸自と警察に通達。民間人を避難させ次第、そちらも避難せよ。博士の方は逃亡路さえ確保できていればいい。本部にも作戦変更を伝えろ」

 マイク部分に向かって言いながら、目線と手の動きで周囲の部隊に指示を出す。

「高千帆に通達。第一、第二班を指揮して博士の援護に迎え」

 通信を切った瀬尾自身も、部隊と共に移動車輌に乗り込んだ。

 と、その時だった――。

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