第25話 (水原君がいない)図書室でのお勉強会


「ねぇ、野原?」


 時間は少しだけ、遡る。

 水原君から呼び止められて、正直ロクなことはないから、不機嫌モードで迎撃を試みたが、この腹黒王子にそんな小手先が通用するワケがない。ニッコリ笑んで、スルーされた。珍しく、金木涼太優等生に、ひなたの勉強会・教師役をお願いしたのが意外――というよりも、やむ得ない事情があった。


「野原も勉強会に参加してくれない?」

「……水原君、私の成績を知ってる?」


「下から数えたほうが早い?」

「そこまでじゃない」


 私は渋い顔をする。平均よりちょっと下。私はかろうじてそのラインを意図的にキープをしていた。


「目立たないための建前はどうでも良いんだ」

「水原君は、あえて目立つスタンスでいたけど、その建前あっさり捨てたよね?!」

「うん、ひなたに出会えたからね。もう、どうでも良いかなぁって」


 あっさり笑顔でそんなことを言ってのける。


 この男が、クラスの中心で爽やか王子を演じていたのも、サンプルが集まる学園都市なら、彼女と出会える可能性が高いと信じたから。茜ちゃんの思惑に乗じて、水原君はあえて陽キャを演じていたが、もうそんな演技は必要ないと言わんばかりで。


(……極端すぎでしょ)


 私は小さく息をついた。

 この短い時間、まして学園のなか。何があるとも思えないけれ――ど……あぁ、そういうこと?


「ははぁん。優等生と宗方さんが一緒なの、気になるんだ?」

「……別に、涼太がどうこうはないよ。むしろ勉強を頼んだのコッチだし。半径3キロくらい離れてくれたら」


「どうやって勉強を教えるのよ?」

「今頃、オンラインって手があるじゃん」


「それ良いね。私もダルいし――」


「何、言ってるのさ?! ひなたが、一人になっちゃうじゃん!」

「後輩ちゃんがいるでしょ?」


 ちょっと、過保護過ぎではないだろうか?

 ゲンナリしながらも、水原君たってのお願いだ。私は、不承不承、応じてあげたのだった。






■■■





「――僕も宗方と仲良くなりたいって思ってる人間の一人なんだけどね」

「あ、はい。喜んで! こちらこそお願いします!」


 雑誌を読みながら、私はこの喜劇ラブコメを堪能していた。無意識だと思うけれど、ひなた、グイグイいくじゃん。それが無性におかしかった。


 ひなたは、まるで意識していない。純粋に、友達ができたことを喜んでいた。正直、その姿が本当に可愛い。こんな絶滅危惧種な女の子がいたのかと思うと、感動すら憶える。


 改めて、桑島さんと同志として握手を交わしている間も――ひなたは、優等生へ無意識に強襲し、その攻勢を緩めない。


「金木君、風邪ですか?」

「……え?」


 ひなたが、すっと優等生との距離を詰める。


「顔が赤いから。あの……私の課題を手伝ってくれるのは嬉しいだけれど、金木君が体調崩したら申し訳ないから。だから、無理しないでくださいね?」


「……し、してないから大丈夫! ちょっと暑いだけで!」

「本当?」

「本当、本当だから!」


 これ優等生の限界値を越えたのじゃないだろうか。そして、水原君がこの光景を観たら激怒必至か。監視システムの映像――あえて、見せてやろう。

 思わず、ニンマリと笑みがこぼれた。







「この童貞、下心が見え見えだって」


 私はボソリと金木涼太ユウトウセイにだけ聞こえるように呟いた。


「う、うるさいよ。だいたい、なんで野原までいるんだよ?」

「いたら悪かった?」


 悪びれない笑みを浮かべる。そんな私も大概だって思う。水原君に押しつけられた任務ミッションとはいえ、これくらいのお遊びは許してもらおう。


「私はひなたと仲良くなるチャンスを狙ってたから。この学校の生徒なら、図書室は誰が利用してもいいでしょ?」


 微塵もそんなこと思っていなかったクセに、自分でもひどいと思う。

 でも今は――。

 ひなたに近づけて、少し良かったと思っている私がいた。


「勉強のジャマをしない事と公共マナー守ってくれたら何も言わないよ」


 ぶすっと、優等生が不満気に呟いた。

 ――つまり静かに黙ってろ。

 そう、その目は言っていた、


「ふぅん……優等生も必死になる時があるんだね」

「うるさいよっ――」


 そっぽ向く優等生と、それから意図を理解していないひなたを見やれば――自然と苦笑が漏れる。


「しかし、腹黒王子が相手とは難儀なことで」


 それは本音。水原君が、ひなたと出会うために、どれだけ準備をしてきたか。彼の心情を察すれば、一過性の片想いなんて、あまりに希薄過ぎると思ってしまう。


(……優等生はもう少し甲斐性を見せて欲しいけどね)


 単純に勉強を教えることに集中しているのが、涙ぐましいというか弱虫チキンというか。ま、頑張れ――そんな言葉しか出てこない。


 後のことは優等生に任せて、再びファッション雑誌に目を落とそうとした刹那、ゆかりがひなたの耳元に唇を寄せるのが見えた。


 ひなたは、拳を握りしめ宙を見るその目は何かを決意したかのようで。


 ゆかりがその拳に手のひらを重ねる。

 桑島ゆかりの呟く声が、聴覚に飛び込んできた。


 ――ひな先輩は一人じゃないから。だから私も諦めない。


(諦めない、か)


 学生なんて夢をどれだけ諦めるか、それに尽きる生き物達だと思う。現実に直視せよ進路を見定めろ勉学に励め高望みをするな、教師や大人が声高に叫ぶけれど、結局は社会が求めるのはそういう事で。


 私は達観しすぎている、と思う。いや、この学園に在籍している実験体サンプルなら少なからず、こんな感覚を持ち合わせているはずだ。実験室とお付き合いをするということは、そういうことなのだ。


 甘い考えじゃ、とても生きていけない。


 それでも内気で純粋なこの転校生は、何かを巻き起こしてくれる気がすると思うのは、ひなたをことを買い被り過ぎか。


 ――実験室のサンプル達が相手だとしても。


(……それなら私は、サンプルらしく、ちょっとお仕事をしますか)


 ログインさせようとした、その瞬間だった。





■■■







▶学園外のIDを検知。

▶ライブラリーに、該当IDのデーターは存在しません。

▶監視レベルを引き上げ【デバッガー】に通報します。

▶マスター・トレーより、命令コード受信。

▶応戦禁止

▶必要に応じて撤退してください。

▶該当IDの敵性行動を確認。

▶現況分析を開始。システムを終了させないようにご注意ください。



(これ最悪のタイミング、じゃない……?)


 失敗した――そう思う間もなく、私の思考はブラックアウトしかける。

 意識が深層に引きずり込まれる、その一歩手前。私はなんとか、水原君に感覚通知ナンバリング・リンクスを送信したのだった。

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