第21話 県警捜査1課特務3係の遠藤さんと川藤さん②
「事情聴取を開始させてもらおうかな」
「事情聴取を開始させてもらいましょうか」
寸分のズレもなく、重なった遠藤さんと川藤さんの声に対して、私はうすら寒さを覚えた。
本当は機械音声なのに、あえて人間の生声を当てたような。そんな感覚になる。
こういうの、なんて言うんだっけ?
確か、お父さんは
私は首を横に振って、その思考を打ち消した。事件を解決しようと時間を割いてくれたお巡りさん達に、それはあまりに失礼すぎる考えだって思ってしまう。
爽君は、彼らに疑念の眼差しを向けるけれど――。
私は、改めて姿勢をのばして遠藤さんに視線を送る。その瞬間、爽君が私の手をきゅっと握る。
――心配しないで、大丈夫。俺に任せて。
そう言ってくれた気がした。
だから、なおさら前を向く。
遠藤さんが、ふんわり私に向かって微笑んだ。
「それじゃ、改めて。他の二人は良いとして。ひなたちゃんの携帯電話の番号を――」
「……へ?」
「警部補?」
「……」
私は目をパチクリさせ、川藤さんは蔑視の眼差し。爽君にいたっては、これまでにないくらい、絶対零度な空気を放つ。
「い、いいじゃないか、川藤君! ひなちゃんは、僕の好みにどストライクなんだよ! 女子高生にときめく男を、時として
私なんかで、ときめくのだろうか?
思わず、首を傾げてしまう。
「……別に言うのは警部補の勝手ですが、変質者リスト入り確定ですから、そこは、お気をつけくださいね? 明日の朝刊を警部補が飾らないことを、僕はただただ祈っています」
「ひどくない?! 俺はただ可愛い子を可愛いと言っているだけで――」
「えぇ。取調室の容疑者と同じことを言っている自覚ないですよね? それと、水原君を敵に回しても、知りませんからね?」
「あぁ、やだやだ。男の嫉妬って、みっともないったら――」
ぞわり。
なぜか私の肌が粟立った。見れば、爽君が剣呑な視線を遠藤さんに叩きつけていた。
――水色と緋色が
無機質な音声が、私の鼓膜を震わす。
(……なんのこと?)
そんな私の奥底で。もう一人の私が蠢いた。
『水原爽が、敵と認識したのであれば、妾の敵だ。そうであろう?』
奥底から、囁かれて――頭痛がする。眩暈。視界がブレる。
「ひなた?」
臨戦体制だった爽君が、緊張を緩める。それから、私にふんわり微笑む。思わず、私も頬が緩むのを感じた。
「ちょっと? 今、二人の世界に入り込むの意味不明なんですけど?!」
ゆかりちゃんが抗議の声をあげるけど、それは心外だ。私、ずっと集中していたんだ。足を引っ張らないように、ずっと爽君だけ見ていたのに。でも、そんなことを言われたら、意識してしまって――。
「は、入ってないよ?! 入ってないからね!」
「入り込んでいたけど、何か?」
私と爽君の完全な意見の不一致、美しすぎる不協和音。見れば、爽君はイタズラっ子のように、その目をキラキラさせていた。爽君って、そういう所がある。
あの時は、細胞変異の試薬。男性を女性化させる薬剤を、逆に爽君が研究者の口に放り込んだのだ。結果、ボディービルダー風乙女が誕生した瞬間を今でも憶えている。あの時はあの後、大変で――で? あれ? 頭が痛い。あの時のコトを思い返すと、目が霞んで――。
こほん。
川藤さんが、小さく咳払いをした。
(あれ?)
頭痛が引いていく。視界が晴れ、焦点が定まるのを感じた。
しょうがないと、言わんばかりに。遠藤さんは、気怠そうに椅子に座り直した。ギーギーギーギー、パイプ椅子が鳴る。
「保育園での誘拐犯の立て篭もりに偶然遭遇した経緯を聞かせてくれ。あ、形式上だからね?」
遠藤さんは、憂鬱そうに顔を上げて、一瞬、目がギラリと光った気がした。彼は刑事なんだと、改めて実感する。その視線に威圧すら感じてしまう。でも、爽君は、まるで気にしないと言わんばかりに、彼の視線を受け止めた。
「本当にただの通りすがりですよ。大きな声が聞こえたので」
爽君の
――任せておいて。
そう言われた気がした。
――任せるね。
だから、私はそう握り返す。
「むむむ……」
ゆかりちゃんの唸るような声が聞こえる。カツ丼足りなかったんだろうか? 確かに、あれだけ電力を消耗したら、お腹が空くのは間違いない。今度、もっとお弁当のおかずを分けてあげようと思った私だった。
「――その声はなんて言ってたかな?」
遠藤さんの質問は続く。
「悲鳴、だったかな。今となっては、よく覚えてません」
爽君は思い返すような素振りを見せる。すごい、って思う。
私達の
できれば遠藤さんと川藤さんを、信じたいって思うけれど。
「すぐに警察に通報するという選択肢があっても良かったはずだよね。どうして高校生が突入なんて危険なことをしたんだ?」
「急がなきゃ、って思いました。そんな事態なっているなんて、知らなかったから」
「ふぅーん」
遠藤さんは頷く。
「……同時刻、正体不明の――言ってみれば逆探知不可な高技術ハッカーが、県警ネットワークに接続をし、情報閲覧をしてきた。結果被害はゼロだったが、心当たりは?」
へ?
私は目を白黒させる。それは明らかに爽君が行ったハッキング行為だって、私でも分かる。遠藤さんは容赦なく、たたみかけてきた。反して応対する爽君は、焦りの色を一つも見せない。
――ひなた、警戒して。
爽君の
――遠藤警部補はとんだ食わせものだ。彼、サイバーテロの捜査にまで精通しているからね? この短時間での情報収集に、羽島への追跡を含めて、何かしらの【噛み】があるのは間違いない。まぁ、ヤツのことはよく知っているんだけど、さ。
(へ?)
思わず、爽君を見た。そんな私に目もくれず。遠藤さんは厳しい視線を緩めることなく、爽君を凝視する。一方の爽君は――。
「はぁ……?」
きょとんとした顔を見せて、首を傾げた。
遠藤さんは、なお爽君を覗きこむ。
川藤さんは、長所にひたすら鉛筆で記載を繰り返す。カリカリカリカリ、取調室に無機質な、そんな音だけ響いた。
「ところで、桑島さん?」
いきなり遠藤さんは、ゆかりちゃんの声をかける。ゆかりちゃんがビクンと――そして、本人以上に私が、その体を震わせてしまった。
「保育園の施設を包み込むように電気反応があったんだけれど、君は何か知っている?」
ゆかりちゃんは、固まってしまう。
私は、冷や汗が流れる。
(まずい、まずい、まず――)
爽君の言うとおりだ。この刑事さん達は、何もかも知ったうえで揺さぶりをかけている。
一見、おちゃらけて見せた遠藤さん。私に親しく接した用に見せかけて。ゆかりちゃんには無関心を装って。そして、このタイミングで核心をつく。
公的機関と実験室が繋がっているのは、今さらのことだ。むしろ、日本政府は実験室のテクノロジーに頼り切っている節がある。警察と実験室の
そう考えると、遠藤さん達はすでに【知っていて】取り調べを行っていたことになる。だからこそストレートな質問を、情報戦を性格的に不得意とするゆかりちゃんに、露骨にぶつけてきたんだ。
ゆかりちゃんは、拳から青白く発する光を抑えきれなくて――。
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