第22話 取調室の来訪者
「保育園の施設を包み込むように電気反応があったんだけれど、君は何か知っている?」
そんな遠藤さんの質問に、私は血の気が引くのを感じた。
まずい、まずい、まず――。
私の鼓動が、ビートを刻む。
と、トントンとノックをする音がする。
遠藤さん達の視線が逸れる。
ゆかりちゃんの手から。青白く光が弾けて。
(ゆかりちゃんっ!)
思わず、私が声を漏れそうになる、その瞬間だった。
爽君がゆかりちゃんの手を握る。
【
理屈で考えれば、分かる。
分かるのに――。
どうしてだろう。
胸の奥底が焦げつく。
焼け付くような感情が、私を支配する。視界が歪む。爽君の隣は私だった。
私の手から、火花が弾ける。
(ダメ、抑えて。今は静まって……!)
そう思えば思うほど、私の手が温度を上げて。熱風が渦巻いていく。
そんな感情まで、包み込まれるように。私の掌に、爽君の温度が触れた。指先が優しく触れて。それから、私の指へ絡んでいく。
(爽君……?)
それだけ。ただ、それだけなのに。
指で触れただけなのに。
ゆかりちゃんが、優しく触れただけなのに。
私には、指先を絡めてしっかり握ってくれた。ただ、それだけの差なのに。
(私、ホントウにイヤな子だ――)
でも。胸の奥底に暖かい温度が広がっていく。爽君が誰よりも近いと感じて、喜ぶ自分がいるのだ。
――ダブルでブレーキとか、勘弁して。
爽君の悲鳴にも近い【
――ひなた、違うから。これまで、ひなたは安定し過ぎていたんだ。メッセージがさらに飛ぶ。【
(違うんだよ、爽君)
私にしか聞こえない爽君の【声】に安心しながら、心の中で呟く。【
私、ゆかりちゃんにヤキモチ妬いていただけだから。
でも、もう大丈夫。
ちゃんと、爽君が私を見てくれているって、感じられたから。
(それに、相棒にばかり負担をかけるの違うよね)
イメージする。
暖かい炎を。
暖炉に揺れる火炎を。
吹いたぐらいじゃ消えない、その火を。
爽君と、ゆかりちゃんを暖める。
そんな火種を。
見れば、爽君もゆかりちゃんも、目を丸くする。とっくにゆかりちゃんの、暴走は収まって――刑事、2人はそれどころではないほど、驚愕の表情を浮かべる。
トントントン。
もう一度、静かにノックする音が響く。
でも、私は確かに聞いたんだ。
二回目のノックをした瞬間――まるでガラスが割れるような音が、甲高く響いた。
■■■
一人の女子高生が彼らの許可を待つこと無く、慣れた様子で入ってくる。同じ高校の制服。
リボンタイの色が違うことから、一学年上ということぐらいしか、私には分かっらかったが――そんな彼女を見て、爽君は言葉を失う。彼が珍しいって思ってしまう。その表情から、冷静さが欠けてしまっていた。
「……爽君?」
私は唖然として、彼女と爽君を見比べて。思考が追いつかない。
一方ゆかりちゃんは、好奇心と好戦的な眼差しを来訪者に向ける。当の彼女は、そんな私達に眼中がないと言わんばかりに、刑事達に視線を向けていた。小さく、唇を綻ばせた。
「お久しぶり。うちの爽君がお世話になったね、遠藤さんと、それから川藤さん」
そう彼女が言葉を紡ぐのと同時に
「姉さん……」
爽君が呟く。私とゆかりちゃんは、お互いに顔を見合わせるしかなかった。
「「――トレー」」
遠藤さんと川藤さんが同時に――何一、音がぶぶれることなく発せられる。まる機械音声のようだって、思ってしまう。
と、彼女は不快そうに、眉を少しだけ上げた。
「水原茜と呼べと言ってるのに、学習しないね? ボクは少し機嫌が悪いんだけれど、君達を
その言葉だけで、この場の空気を凍りつかせるのには、充分過ぎた。
川藤さんは無表情に調書をしまう。遠藤さんは不機嫌な表情を隠すことなく天井を、仰ぐ。
「わざわざ、
遠藤さんが憎々しげに捲し立てるが、彼女は微笑一つこぼして、その言葉を打ち消した。
「遠藤さんと川藤さんなら事情聴取の必要なんかないでしょ? だって、とっくに情報分析は済んでいるもんね。それ以上の揺さぶりは、単なる恐喝でしかなってボクは思うんだけれど? 選挙権を持たない非力な高校生だけど、僕と爽君なら君達の情報を白日のもとに晒しても良いんだよ? お互い、無傷でいられないという選択も素敵じゃないかな。ねぇ遠藤さん?」
水原、茜さん……爽君のお姉さんは、微笑みながら言う。それから、と付け加える。
「羽島みのり嬢に関しては、こちらで保護させてもらうね」
「それはあまりに横暴じゃないか?!」
遠藤さんが呻く。先程までのこの場を支配していた遠藤さんは霧散していた。でも、狼狽えているのとは、少し違う気がする。そう例えるのなら……異なる命令を送られ、パニックになっているコンピューター。どうしてだろう、何故かそんな印象をもってしまった。
「監視システムを使えばいいよ。今のボクの拠点なんか、どうせ把握済みでしょ? 問題はないよね。何かあれば随時、連絡をするから。ボクとしては遠藤さんと川藤さんの協力を期待したいからね。日本の警察官の中でも、遠藤さんと川藤さんが優秀なのは知ってるから。ヨロシクね?」
爽君のお姉さんは、言うだけ言い放って。笑顔で、踵を返して取調室から出て行く。爽君は、引き寄せられるように、彼女を追いかける。
ゆかりちゃんは、みのりちゃんの手を引いて続く。
慌てて、追いかけようとして――。
私は、つい振り返って。遠藤さんと川藤さんに視線を向けた。
刑事二人の目が、電池が切れたかのように、焦点を失った双眸で私たちを視ていたような気がしたのは、気のせいだろうか?
(……って、そんことを考えてている場合じゃないからっ!)
このまま置いて行かれたら、困る。
情けない話だが、爽君がいないと私、どうして良いか本当に分からない。
ペコリと頭を下げて。
それから慌てて、私は爽君達を追いかけたのだった。
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