第20話 県警捜査1課特務3係の遠藤さんと川藤さん①


 ――県警捜査一課、取調室。


 まるで無機質な箱のなかのようで。ココは旧実験室を彷彿させた。ただ、違うのは、ドアの向こう側では、刑事さんたちの活気が――緊迫感のある声が飛び交うことか。


 心苦しいのは、一緒に連れてこられたみのりちゃんに、なんて言葉をかけて良いのか。何一つ思い浮かばなかった。


 唯一の救いは、私の能力スキルが暴走しないことか。

 爽くんとゆかりちゃんがいる。その事実が、私に平常心をくれる。


(……大丈夫っ)


 頷きながら爽君を見れば、表情に変化は見られず冷然としていた。この顔には見覚えがある。能力スキルを発動させている時。そして情報集に集中している時。こういう時は決まって、感情を排し、冷静な判断に努めているのおだ。爽君の切り替えと集中力は、本当にスゴイと思ってしまう。


 (……でも)


 私と目があった瞬間。ふんわりと緊張を解いて、微笑んでくれる。その様子を目の当たりにすると、やっぱり爽君は優しいと思ってしまう。


 そういうところ、実験室ラボで過ごした頃と全く変わっていない。


「……ちょっと、また二人っきりの世界に入らないで欲しいんですけど?」


 ゆかりちゃんの物言いがおかしくて、つい吹き出してしまった。見れば爽君も笑っていて。一人、むすっとするゆかりちゃんも、そんな私たちにつられて笑った――その瞬間だった。


 ドアがノックされたかと思えば、二人の刑事さんが入ってきた。

 一人は、パトカーで駆けつけてくれた遠藤さん。


 そうそう、生まれ始めてパトカーに乗ったと喜んでいたら、爽君とゆかりちゃんに、なぜか生暖かい表情で見守られたんだっけ。


 二人で分かり合ったかのように、頷きあっているのが、ちょっと解せなかったけれど。


 ――とん。

 と、目の前に置かれた【】に目を丸くしてしまう。


「事情聴取とは言え、あくまで形式的なものだからね。まぁ、これでも食べて。そして、さっさと終わらせようじゃあーりませんか」


 と、遠藤警部補は、本当にどうでも良いと言いた気に、ニッと笑んでみせる。


「これって……」

「カツ丼だ」

「カツ丼……?」

「分からない? 取り調べといえば、やっぱりカツ丼でしょう!」


 遠藤警部補は、ドヤ顔で言い切るけれど。私は思わず首を捻ってしまう。ごめんなさい、やっぱりよく分かりません。


 見れば、もう一人の刑事さんが深々とため息をついていた。


「な、なんだよ? 川藤君?」

「申し遅れました。県警捜査一課、川藤かわとう巡査部長です。以後、お見知りおきを」


 さりげなく川藤さんは遠藤さんを無視スルー


「あ、これはご丁寧に。宗方むなかたひなたです」


 私もペコリと頭を下げる。慌ててゆかりちゃんも。そして爽君は――能面を被ったかのように、やっぱり微動だにしない。ココは下手に喋らず、爽君に任せた方が良い。直感でそう感じてしまった。


川藤かわとう君、ひどくない?」

「とりあえず、今の子は刑事ドラマを見ないし、取り調べのシーンでカツ丼出さませんからね?」


「いやいやいやいや、刑事といえばカツ丼でしょ! あわせて『田舎のお袋さんが泣いてるぜ!』この台詞も超鉄板!」

「お母さん、この街にいますけど?」


 思わず、口をはさんでしまった。


「相手にするだけムダだよ、ひなた」


 爽君まで、こめかみを抑えて、深いため息をついる。

 と、爽君から暗号化通信ナンバリングリンクスが送られてきた。


 ――警察と実験室はつながっている可能性がある。できるだけ、早めに切り上げたい。ココは俺に任せて。


(私の判断は間違っていなかった)


 爽君の言葉に、私はつい頷きそうになって――ぐっとこらえる。

 妙にたくさんの人に見られているような違和感をずっと感じていたけれど、ようやく納得できた。取調室が旧実験室を彷彿させるだなんて、とんでもない。


 ここはなんだ。


「事情聴取と言えばカツ丼がセオリーだろ……」


 遠藤さんは、まだそんなことを言っていた。川藤さんは、もう一つため息をつくと、クリップボードにはさめた調書に記入を始めた。


「氏名と住所から確認しますね。それぞれ名前から書いてもらって良いですか? 漢字を間違ったらいけないから。一応、公文書だからね」


 川藤さんがふんわりと笑んで、言う。


「ちょ、川藤君、なに始めちゃってるの?!」

「警部補がふざけすぎるからです」


 川藤さん、一刀両断だった。


「いや緊張させちゃったらかわいそうじゃん? 形式的とは言え、怖い想いをしたのは彼女達なワケだし」


「論外です。警察官の任務で形式だけの聴取なんてありえません。警部補の発言は職務怠慢以外の何ものでも無いですからね」


「そう言うけどさ。当の誘拐犯が国民国防委員会と思われる集団に拉致され、誘拐は未遂で終わったわけじゃん? だいたい、今回のケースは事件としては立件できないわけでさ。あ、棒付きキャンディい――」


「いりません。業務中の菓子並びに飲食は控えてください。僕らは公僕であることを警部補はもう少し認識をしてください」


「特務3係に公僕を意識するような仕事は回ってこないって。川藤君、うち左遷部署だよ?」


「それは警部補次第だって僕は思っていますけどね」

「そのプレッシャーきついし、重いよ」


「事件は一応の収束とは言え、第二の事件に発展する要素は十分にあるでしょう。何ら解決していませんからね。羽島みのり嬢の保護が急務ですよ」


 と川藤巡査部長は、みのりちゃんを見る。柔和に笑んでいるのに、まるで値踏みをするかのような目の色をしていた。それが、薄ら寒くて――みのりちゃんが、ビクンと体を震わす。


(みのりちゃんを……保護?)


 思わず反発しそうになって――その感情をなんとか抑える。今の彼女は、行き場がない。それはまぎれもなく事実なのだ。


「でも、事件になってないよ?」

「事件かどうか、それは定義づけで変わるでしょう。それを判断するための事情聴取だし、我々がいると思いませんか?」


「川藤君……いちいち君は真面目でつまらないよ」

「お褒めに預かり光栄です、警部補。ご許可を頂いたと判断しますね」


 川藤さんは微笑んだ。息が合っているのか、合っていないのか。不思議な二人だ。遠藤さんと川藤さん。二人の関係は噛み合っていないようで、絶妙なタイミングで息を合わせてくる。


 こう話している間も時折、鋭い視線が飛んでくるのを感じた。

 爽君が、表情を崩さずに注視する理由が分かった気がした。油断していたら、きっと足下をすくわれる。そんな気がしてならなかった。


「まぁ前口上はこのくらいにして――」


 遠藤さんは言い、川藤さんは調書にボールペンを走らせる。まるで、同期シンクロしたように、二人の息はぴったりで――。




「事情聴取を開始させてもらおうかな」

「事情聴取を開始させてもらいましょうか」


 寸分のズレもなく、二人の声は重なったのだった。

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