第17話 所属不明団体、接触!

 目を開けるのが、辛いくらいに、ゆかりちゃんの掌から、閃光が――稲光がほとばしった。


 羽島さんの筋肉が弛緩して、彼の重心がブレる。刹那、膝から崩れるように倒れ込んだ。


「お父さん――」


 あの子の声が響く。


「大丈夫だよ」


 まるで自分に言い聞かせるように。爽君がずっと計算をしてくれたんだ。大丈夫、きっと大丈夫。そう何度も、言い聞かせる。

 だから、私にできることは、あの子の手を優しく握ることしか、できなくて。


「やったか?」


 爽君が声を上げた。その額に、玉の汗が滲んでいる。

 力の流れが変わったのが、私にも分かった。


 通電させやすいように、乾燥させる。でも、極端な温度上昇は、電気抵抗を生む。私の火力が熱を持ちすぎたら、抑制ブレーキをかけて、ゆかりちゃんのコンディションを絶妙に維持をしたんだ。それも、あの女の子を守りながら。私の【発火能力パイロキネシス】……の弾道。その、こぼれ球。爽君が制御してくれたことを実感する。


「ひなた、お疲れ。よくやったよ。支援型の真似事をさせてごめんね」

「そんなこと――」


 これぐらい、実験室の時に何度も……?

 あれ? 爽君と一緒に過ごした記憶はある。爽君の笑顔も、しっかり記憶にある。でも、時々、視界を炎が遮って――。


 火の粉が踊る。どうしてだろう? 暖かに包まれる、そんな錯覚を覚えた。

 この一瞬で、睡魔が私を襲う。炎が、燃え上がって。瞼の裏側が、真っ赤に染まって、そして……。


 ――妾が化け物なら。水原爽、汝は【怪物】の名が相応しいと思わんかえ?

 唇を裂くように。歓喜と凶器を入り混ぜて。私、そんな顔して笑えるんだ……?


「私が化け物なら、爽君は【怪物】だね――」


 無意識に、そんな言葉が漏れていた。

 爽君の掌が、私の頬に触れる。


 少し汗ばんで。

 そして、ひんやりしていて。


 眼窩の奥底で、燃える炎が静かに揺れて。

 灰を舞わせて。


 やがて、消えていく。


 私は、目をパチクリさせた。爽君との距離が、今までにないくらいに近い。かぁっと、自分の頬が深紅に染まるのを実感する。


「あ、ちが、違うから――ちが、爽君を怪物なんて、その……思ってないから――」


 私は慌てて、一歩下がる。爽君は私の頬から手を離さず、2歩、前に進む。近い、さらに近い。唇が、私と触れてしまうくらいに近くて――。


「ひなたになら【怪物】って言われるの、むしろ良いかもね」

「……へ?」


 私は目をパチクリさせ、呆然と爽君を見やる。心底、嬉しそうに微笑んでいた。

 

「ちょっと、水原先輩?! ひな先輩?! 私、頑張ったのに、なにソッチでイチャコラしてるの?!」

「別に普通のスキンシップだと思うけど?」


「他の子に、同じようにしてから言えっての!」

「普通にイヤだけど?」


「……ひな先輩が無頓着なことを良いことに、セクハラまがいのことしないでよ?」

「なるほど、そういう手もあったか」


 ポンと感心したかのように、爽君が手を打つ。


「するなって言ってるの! この腹黒王子!」


 ムキになって叫ぶ、ゆかりちゃんが楽しい。さっきまで、私との距離が近かったのに、今はゆかりちゃんとの距離が近い。胸の奥底、チリチリと感情が焼けるような錯覚を憶えた。


「桑島、良くやった」


 爽君はニッと笑んで――それから、羽島さんへと歩み寄る。


「おざなり! ひな先輩みたいに、ちゃんと褒めてよ!」

「褒めたじゃん」


「だから、落差がひどいっ!」

「えらえ、えらい」

「子ども扱いするなしっ!」


 むきーっ、と地団駄を踏むゆかりちゃんが本当に可愛いと思ってしまう。つい私は――。


「だぁかぁらぁっ! ひな先輩まで、私を撫でるなし!」


 ゆかりちゃんが、頬を膨らませ、ご機嫌ななめで。つい、苦笑が漏れてしまう。

 私達が、そうこうしている間も、爽君は羽島さんの状態確認に余念がない。


 ――バイタル安定。

 ――呼吸、正常。

 ――筋肉酷使による一部、断裂。また表皮に火傷を確認。

 ――壊疽状態、一部真皮に到達。

 ――意識レベル、Ⅱ-30


 私の頭の片隅に、爽君のそんな声が響いた。


「情報量が多いよね? でも、一緒に共有してくれる?」


 そんな風に言われたら、首を縦に振ることそか、私にはできない。

 だって、私の方が散々、ワガママを言って、爽君を巻き込んだのだから。


 ――監視システムの継続稼働を確認。

 ――無人カメラによる盗撮を確認。

 ――温熱検知サーモグラフィーによる監視継続されています。

 ――所属不明団体の接近を確認。


 私は目をパチクリさせて、あの子の手を握った。どうして良いか分からないと言わんばかりに、彼女の瞳は、不安で揺れている。


「大丈夫、お父さんのことも。君のことも、私達がちゃんと守るからね」


 ――羽島みのり。

 ――五歳。

 ――羽島公平の長女。

 ――心拍数の増加を確認。

 ――警告。簡易カウンセリング・データベースから抽出しましたが、精神的に不安定と推測。該当者のPTSD発生にご留意ください。


 私はぐっと、唇を噛む。


(……そんなの当たり前だ)


 こんな経験をして、トラウマにならないワケがない。


「ひなた! 桑島! 不明団体の接近を確認! 備えて!」

「……へ?」


 情報を受信できない、ゆかりちゃんは、目を丸くして――それから、また電力を纏う。その光が、弱い。パチンと弾ける、その音まで弱々しかった。それが、ゆかりちゃんの疲労感を物語る。


(……来るっ!)


 荒々しい排気音が響き――十数台のオートバイが一斉に、工場内に雪崩れ込んできた。


 爽君の能力スキルが行使されたのを感じる。

 力場が動く。


 爽君が、残っている力を振り絞って、不可視防御壁・ファイアーウォールを再展開したのだ。これで、奇襲の一番手は凌げる。今度は私の番――と、掌に力をこめた。火炎の弾丸を捏ねて、造形し。さらに、その温度を上昇させていく。


(……大丈夫。私達が絶対に守るから)


 そう誓った瞬間だった。バイクごと、私に向けて突っ込んでくる。爽君がファイアーウォールで、車体を弾いた。この一瞬で、何枚の防御壁が割れ散ったんだろう。まるでガラスを叩きつけるかのように、甲高い音がこの場に響く。



 不可視防御壁・ファイアーウォール。

 見た目上、何もない場所から反発するので、まるで重力操作を行ったように思われる。爽君は人工的に力場りきばを作り、物理的干渉に限定して作用させる。もっとも耐性は弱いので、何枚にも重ねて張り出す必要があった。その分、精神力を磨耗するのは間違いない。


 と、オートバイの一台が爽君に標的を絞ったかのように、エンジンを吹かし上げ――そして、突撃を試みた


「爽君!」 


 私はあらん限りの声で叫んだ。


発火能力パイロキネシス】じゃ足りない。この火力じゃ、間に合わない。こんな室内で能力スキルを行使したら、被害の方が大きくなる。


 爽君と目が合う。

 彼はにっこり笑む。

 口をパクパクさせる――でも、エンジン音で聞こえない。声、は――。




 暗号化通信ナンバリングリンクスで、私は確かに爽君の声を聞いたんだ。




 ――頼んだよ、相棒?


 焦るでもなく。

 慌てるでもなく。


 私の奥底から、そんな爽君の声が響いた。私がすべき行動を丁寧に。そして緻密に。大胆に。淀みなく、プランを示してくれる。



 コクンと頷いてみせる。



 それから私は、小さく微笑んで。

 羽島みのりちゃんを、爽君へと託す。






■■■





「任せて、爽君!」


 私は、躊躇いなく――そして恐れなく、能力スキルを起動させたんだ。


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