第14話 インパクトは最小限に、出力は最大で


【View 水原爽―Sou MIzuhara―】



 時々、飛んでくる鉄球を不可視防御壁ファイアーウォールで弾いていく。一時的な防御アシストを想定した能力スキル、戦闘型サンプルと真っ向勝負するためのものじゃない。一枚一枚は、戦闘型サンプルなら破ることは容易だ。


 容赦なく割れていく、防御壁の音を聞きながら、していく。弱いなら、重ねがけをしたら良い。


(……しかし、まいったな)


 流石、実験室と言うべきか。

 廃工場に逃げ込んだ時点で、イヤな予感がしたのだ。簡易探査イージーサーチを走らせた段階で、実験室の魂胆は明け透けだった。


 ――誘い込まれたか。


 鉄球を製造するオートメーションシステム。マウンドを模し、バッターボックスには標的レプリカが現れては消え、消えては現れる。筋力局所強化体の試験場であることは間違いない。


(まぁ、そのまま乗ってあげるつもりはないけどね)


 即座にメインシステムにアクセス。制御権を奪取したので、強制終了させた。ただし、非常時電源により、最低限のシステムが稼働して――今ココだ。


 完全探査パーフェクトサーチする時間はないし、実験室の増援が来られたら対処が困難だ。それなら、リスクを最小限にしながら力技でいくしかない。


「……お父さんっ!」


 何回めかのあの子の悲痛な声。検索する。羽島公平の長女――羽島みのり。現在はアナウンサーの妻と別居中で――。


 鉄球が飛んできた。検索を中断し、新たに不可視防御壁を貼る。割れる。でも、また貼り直す。


「あ……あ、あ……」


 彼女の目からポロポロ、涙が溢れる。ひなたなら、きっとココで暖かい言葉をかけるのかもしれない。でも、羽島は廃材スクラップチップスで、オーバードライブしている。中途半端な声がけは、傷口に塩を塗るだけだ。


「ひなた……桑島……」

 一瞬、二人と目が合った。


 鉄球を不可視防御壁ファイアーウォールが跳ね返したのを見て、二人から安堵の表情が――そして、向けるべき相手に集中する。


(大丈夫、やれるっ!)


 俺は触媒ネックレスを通して、ブーストを2倍付加する。

 その瞬間、ひなたの身が炎を纏う。熱さに顔を歪ませるどころか、心地良さそうに、唇の端を綻ばせて。その姿は、実験室で垣間見た【緋色】そのもので。


 その手に炎を生む。


 力の暴発は無い。感情は穏やか。ひなたのバイタルサインは安定。紛れもなく【水色】として、ひなたは能力スキルを行使していた。


「ひなたっ! 桑島!」


 柄にもなく、感情を昂らせて声を発する。

 羽島公平が、こちらを認知して鉄球を放り投げる。俺は防御に徹して――無駄玉と、稼働時間を浪費させることに徹した。


「絶対に止められるよな!」


 それは、むしろこの子に向けて、気休めの言葉。冷静でも戦略的でもない。でも、今のひなた達にとっては――。


「「もちろん、っ!!」」


 声が重なった。この選択が、何よりモアベターだと信じて。





■■■




【View 弁護なき裁判団―judges without defense―】



「へぇ」


 パトカーに自動運転させながら、試験場にアクセス。しかし、不正アクセスとして弾かれた。これは、システムをハッキングされたということだ。非常電源は起動。サブシステムが稼働開始。るだけなら、それで良い。


 ――No.K。どれくらいで合流できる?

 ――あと10分ぐらいで


 ――遅い。5分だ。

 ――了解。


 ――他のリソースを、今回の記録に回せ。非常電源から、弁護なき裁判団のサーバーに接続して、共有。連結化グリッドしろ。



 ――Enter.



 ぺろっと、飴を舐める。


「ショータイムだな」


 全てを網羅する監視型サンプル【弁護なき裁判団】のデータベースに、虫食いのように残る【限りなく水色に近い緋色】


 キャンディーを舐めつくすように、丸裸にしてやりたい。そう思う。

 俺は、自動運転を解除して、アクセルを踏み込んだ――。






■■■




【View 宗方ひなた―Hinata Munakata―】



 私は力を感じた。

 爽君がくれたネックレスを中心に、全身が暖かい。


 大丈夫――今の私は誰かを傷つけるために、炎で焼くんじゃない。自分自身で、炎を身に纏う。飛んでくる鉄球を溶かして。あるいは、炎で絡めとって。


(暖かいよ)


 自分を抱きしめるように。

 自分に語りかけるように、私は手を前に組む。


 どうしてだろう。私の奥底。私じゃない私がゲンナリとした表情カオを浮かべた気がした。


「ひなたっ! 桑島!」


 爽君の声が響く。


「絶対に止められるよな!」


 そう、私の背中を押す。爽君の意図は理解した。オーバードライブした廃材スクラップチップスだ。現実を直視する爽君なら、あの子に「救う」とは言えないはずだ。だから、これ以上、誰も傷つくことがないよう、そう叫んだ。

 でもね、爽君。それは……。


(私達にとっては、信頼のバトンだよ!)


 嬉しいよ。こんなの嬉しいに決まっているじゃない!

 自然と、ゆかりちゃんと目が合う。視線が絡んで――一緒に、唇が綻ぶ。


「「もちろん」」


 私とゆかりちゃんの声が重なった。

 私は、火弾を連続で生み出し、放出していく。それはまるで散弾。精度は低くて良い。とにかく低負荷で、そんな弾丸を多量に産みだし、放出したら良いって爽君が言うから。


 ――言うなら、火弾の散弾ファイアー・サブマシンガン。致命傷にならなくて良いんだ。羽島公平が脅威と感じて、そしてその動きを封じられたら。オーバードライブした個体は、本能的に動く。分析能力は著しく低下しているから、その後の展開まで予測できない。


 火弾の応酬。鬱陶しそうで。私はこの間も、ジリジリ彼の行動範囲を奪っていく。

 と、その雨を一瞬、私は途切れさせた。

 彼は、活路を見出したと言わんばかりに、その表情に歓喜を灯す。


(ごめんなさい、一瞬だから。そんなに痛くないと思うから――)

 私は大きく、息を吸い込む。


「ゆかりちゃんっ!」


 交替スイッチ

 私と、ゆかりちゃんの位置が変わる。





■■■

 




【View 桑島ゆかり―Yukari Kuwasima―】




 これが嬉しくないわけないじゃん!

 水原先輩に託された。ひな先輩が、私に信頼してくれているのが分かる。今の私にしかできないこと。今の私だからできること。ぐっと拳を握って、水原先輩の言葉をなぞる。


 ――桑島に託すからね。

 ――そういうのって、ひな先輩の役目なんじゃないの?

 ――適材適所。今回は、ひなたは誘導をしてもらうから。とことん浪費してもらって……。


 水原先輩が一瞬、顔を歪ませる。


(優しいなぁ)


 意味は分かる。廃材スクラップ・チップスを消耗させて、稼働力低下を誘発させる。絶妙のタイミングにおびき出し、そこからたたみかける。でも、この一瞬で水原先輩は、私と重ねてくれたんだと思う。


 そういうトコなんだよね。本当に好きだ。大好きだ、って思ってしまう。格好良いだけじゃない。笑顔が素敵なだけじゃない。先輩の本質に触れると――熱くて。揺るがなくて。ひな先輩に対する想いが深くて。その一欠片で良いから、私にも……。


 雑念が溢れる。私は首を致死悪横に振って、振り払う。

 

今は――。

 水原先輩の素顔をもっと知りたくなる。少しでも先輩のチカラになりたい。それだけで良い。


 大きく深呼吸をして、羽島公平と対峙する。


 私は、拳を固めた。この意志は揺るがない。そして、消耗した羽島公平の動きは遅すぎた。


 打撃の効果なんか最初から期待していない。接触さえすればいい。電流は水の流れにも似ている、と水原先輩は言う。だからこそ、力で圧倒しようとしたには無駄が生じるから――


 接触インパクトは最小限に。その電圧をもって、心臓エンジンに最大の負荷をかける。


 ひな先輩の発火能力パイロキネシスが時間を与えてくれた。

 水原先輩の不可視防御壁が、あの子を守ってくれている。


 もう遠慮することは何もない。


 私の拳が軽く、とんと羽島公平の胸を打つ。

 電撃を開放。出力は最大で。局所負荷に集中する。


 私は拳をその胸にまっすぐに突きつけて微動だにしない。イメージは流れるがままに。体の奥底の血流、それを押し出す心臓エンジンをめがけ。ただそれだけをイメージした。


 電流がバチバチと音を上げ、弾け、迸る。私の、耳まで痛い。


 羽島は苦悶し、筋肉を弛緩させる。やがて声にならない絶叫をあげ――眩い光とともに、その体からチカラが抜ける、その瞬間だった。


「目を覚まして! あなたはお父さんなんでしょ?! お父さんが、娘を泣かせてどうするのよ?」


 私は届けと願う。自分のように一時的でもいい。


  能力最大上限稼働オーバードライブよ、止まれと願う。

 届け、届け。今だけでいいから。お願いだから。暴走よ、止まって。


「お父さん!」


 あの子の悲痛な声が響いた。

 届いてよ、止まって。お願い、届いて。

 あの子の声とともに――届けっ!

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