第11話 遺伝子研究監視型サンプル「弁護なき裁判団」
【遺伝子研究監視型サンプル 弁護なき裁判団】
(へぇ?)
棒付きキャンディーを舐めながら、感心する。
実験室の研究者、ビーカー。
通称【実験狂】
トップ研究者が在籍する【クリエイターカンファレンス】において、一番の若手でありながら、他の研究者を出し抜き、次々と研究成果を出すのだから、恐ろしい。
量産型サンプルの【ゴブリン】
安定した生産と、知能を低下させることで、シンプルな【命令】を完全遂行させる。
そして【メデューサ】は、細胞レベルを強制的に角質化――石化させる。
【ケンタウロス】も興味深い。
まだ一般公開されていない【
その当のビーカーは、特に取り乱すワケでもなく、沈黙したシステムの再起動を施していた。
監視対象のサンプルなら、いざ知らず。
ビーカーは、俺を見てニッと笑みを浮かべる。
「俺の監視システムを、羽島に直接埋め込んでいる。ヤツは
その表情は楽し気だった。
「弁護無き裁判団、お前らがオーバドライブしたスクラップ・チップスの監視と処理をしてくれるんだろ?」
俺は小さく頷く。
(……そうきたか)
ビーカーは、監視型サンプルに極力、頼りたくなかったはずだ。理由は、二つ挙げられる。
・【限りなく水色に近い緋色】の最新データを、極力記録させたくなかった。
・ビーカーの手の内を見せたくなかった。
(まぁ、研究者であれば、そうだろうね)
そうでなくても――ビーカーのスケジュールは過密だ。フラスコ交え、政治屋連中との会談もある。研究者のスケジュールは分単位なことも珍しくない。非公式にして政治的には公式なのが「実験室」という組織なのだ。ビーカーには、自由研究に勤しむ時間は、そもそも無い。
沈黙したディスプレイ越し、棒付きキャンディーを堪能しながら、ビーカーの顔色を眺める。
――好きにやれ。
プログラムコードを受信する。それは、ビーカーが、俺に情報収集を託したことに他ならない。
今回の
その方が効率的で、考えられるデメリットも少ない。なにせあの遺伝子研究特化型サンプルはあまりに未知数だ。
まるで煙草の紫煙を堪能するように、俺は棒付きキャンディをつまみ、深く息を吐いた。
脳内にピ、ピというかすかな電子音。ピン!と高く音が跳ね上がった。そして。リンクする。
ビーカーと視線が交わる。
「……」
「……」
俺はゆっくりと――手付かずの棒付きキャンディーを、ビーカーに渡した。
「……そういう意味じゃない。派手にやりすぎるな、ってことだ」
ビーカーは呆れ――苦い顔を見せた。俺が何を考えているのか分からない、そう顔に書いてある。でも、それで良い。お前達が油断してくれないと、サンプルを監視できない。
俺達は、それが仕事だから。
「それは残念。ぜひ、感想を聞ききたいと思ったんだけどね」
おどけて。またキャンディーを舐める。
「ビーカー、俺からも進言したいことがある」
「は?」
俺は、ビーカーとの間合いを一瞬で、詰めた。
「研究者が【遺伝子実験監視型サンプル】に
「……」
苦い表情がさらにニガくなった。
「重ねて言うが、
「好きにしろと――」
「俺達の
ぎしっ。
俺の手を、ビーカーが掴んだ。
【No.E。細胞レベルで損傷の可能性あり。退避を進言します】
「だから、好きにしろ。それと、例の特化型サンプルに接触するなら、接触時のデータも私に提出しろ」
それは、管理権を上回る、
【重ねて警告。外皮の損傷を確認。早急に撤退を】
「……了解」
そう頷いた瞬間、ビーカーが俺の手を緩めた。
【損傷率、6%。ナノシステムによる修復作業開始】
【しばらく、激しい労作活動は控えてください】
【一次修復は完了。二次修復に取りかかります――】
俺は修復中の掌を見る。ピリピリ、青白い光が明滅する。
実験室の研究者は、基本、
(おもしろい)
これは情報収集のし甲斐がある。興味は尽きない。フラスコやトレー以外で、こんな輩がいたなんて。棒付きキャンディーを頬張りながら、唇の端が綻ぶ。
実験室研究者の情報戦にはまるで興味はないが、ビーカーの【サンプル】を得るためなら、多少のサービスはしても良いだろう。
【弁護なき裁判団、現在の稼働状況は?】
声に出さず、送信する。
【【No.D No.F No.Kは稼働可能です】
脳内に聞き慣れた、無機質な自分と瓜二つな声が響いた。
【No.Kを稼働。No.Dは監視モード。No.Fは
【了解。可能です】
【実行せよ】
【
耳鳴りのように、響いていた電子音が切れ――そして、接続も終了した。
(珍しい……)
視線を向ければ、ビーカーはまだそこにいた。彼ら研究者のスケジュールが分単位で刻まれている。だからこそ、遺伝子研究監視型サンプルなんてモノが存在するのだが。
「どうした?」
「これはどういうことだ?」
と俺が渡した棒付きキャンディーを、マジマジとビーカーを見やる。
「美味いぞ?」
「イチゴ醤油ラーメン味ナメタケフレーバー……が、か?」
ビーカーは絶句する。多種多様で、刺激的な味を楽しめるというのに、もったいない。
「舐めておけ。この後の仕事がはかどること請け合いだ」
ビーカーは思案の挙句、白衣のポケットに仕舞い込んだ。
「きっと、美味いぞ?」
俺はニンマリと笑んだ。
その表情が味わえないのは――ちょっと、残念だ。
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