第3話 水原爽② -within 5 minutes-
【水原爽】
俺は、慎重にネットワークへの侵入を続ける。実験室のサーバーだ、油断はできない。足跡は残せない。あの人の言葉を思い出しながら。
――
語調は柔らいのに、その目と内容はあまりに厳しくて。さすがは元実験室所属。要求が厳しすぎる、と苦笑が漏れ――。
俺は、思考を切り替える。
(……そうじゃ、ないんだよな)
今回の件、あの人は眉間に皺を寄せそうな気がする。主に支援型サンプルとしての、俺の思考プロセス。そこに問題があると、内省する。
そう思うと、自然とため息が漏れる。
――戦略と戦術を勘違いしないこと。どう戦うかじゃない。どう戦場を動かすか。場当たりな対応なんて意味がない。空気を支配してこそ、頭脳労働者は評価される。その点、わかっているよね、爽君?
分かってる……つもりではいるのだが、どうもひなたが絡むと、判断が後手後手になっている気がする。本来なら、ひなたに判断させるべきじゃなかった。
自分だ。自分が、情報を提示しひなたを守らなくちゃいけない立場なんだ。
何より、ひなたは【実験室】のもたらす
ひなたはストレートに「保育園の子どもたちを守りたい」って言う。それは暴走なく力を使えたことへの安心感からかもしれない。桑島ゆかりに手を差し伸べることができた。その結果……今、多幸感に満たされているのかもしれない。
何より、実験室時代から、人の痛みには抵抗感のある子だった。そういう意味じゃ、ひなたは、やっぱり【緋色】とは違って――。
でも、と俺は思考を巡らす。。
(ひなたは、今回のことで自信を得たんだろうな。でも安易な自信はやっぱり危険だ――)
戦闘型サンプルは、稼働試験のなか、メンタルが
でも、今のひなたを制御できる研究者はいない。
言ってみれば、今は俺がその役を担うべきなんだ。未分析の
(それに――)
実験室と対峙する事は、日本政府の方針と真っ向から衝突することとイコールだ。今後どうするかの結論は、俺の課題でもあるんだ。
自分は戦闘型ではない。単純戦闘では量産型にすら劣る。あくまで支援に特化したサンプルでしかないのだ。その点を理解した上での行動が、俺達の生存率を増やす。
でも――やっと再会できた。
だから。もう――ひなたの手を離すつもりなはい。
――まぁ、爽君が執着する子だって知ってるからね。君も戦闘特化型サンプルと組まないと、本領発揮できないだろうし。でも、そもそものロードマップを考えたら、良いタイミングたと思うけどね?
あの人はあっさりとそう言う。ただし、その発言は、徹底的に理論と計算で構築された「解」だって、理解しているつもりだ。
結局は、分析した上でどう戦略を立案するか。そしてどう行動していくのか。でも、決断をするには、あまりに情報が乏しかった。
――爽君は、彼女のことになると余計なことを考えすぎるよね? でもそれは思考じゃなくて雑念だよ?
今さらながら、あの人の言葉がズキズキ胸に突き刺さる。
ひなたの衝動に便乗する。それは、情報収集とひなた自身の
(……そうじゃないだろ?)
俺はひなたを守りたいんだ。
ただ、それだけ。
幼い時の過ちは繰り返したくない。この手なら、もう絶対に離さない。焼かれても、皮膚が爛れても。どんな状況でも。そう覚悟を決めたんだ。
だから。だったら――。
ひなたを守る最大限の方法を思索する。妥協なんかしない。桑島ゆかりの時は、完全にひなたの
そして今後も、純粋な戦闘ではひなたに頼らざる得ない。つまらないプライドって思うけれど、男としては、やっぱり歯痒い。
(……雑念ばかりだよな)
溜息をつきながら。スマートフォンで、収集した情報を整理する。実験室本部への
特に今回、あっさり
――保育園内でサンプルの信号を検知。
でも、そんなことは稀だ。サンプルが、自分の存在をナンバリング・リンクスで発信するはずがない。最新機種であればあるほど、信号は抑えられ、検知が難しくなるのだ。
――支援型サンプルのアシストがなければ。
でもこれじゃ、まるで情報が整理されて、検索されることを予測していたかのよう――で?
ゴクンと唾を飲み込む。
(……そういうことか、実験室?)
俺は思考を巡らす。残された時間は少ない。
ひなたがいる。ゆかりもオーバードライブしなかったら問題が無い。
そんな戦力を実験室は、見たがっている。
この図式はそういうことだ。奴らはひなたのデータをより詳細に記録したい。この一件は、実験室がシナリオを書いた可能性があるのだ。
俺はスマートフォンに集めた情報を整理しながら、思索する。導き出した答えは……一刻の猶予も許されなかった。
「桑島!」
「へ?」
桑島は目を丸くした。説明をしている時間惜しい。そして、直感的に動ける桑島なら、即対応できると信じる。
「最大出力、最大範囲で雷撃を!」
「え、いいの水原先輩?」
「早く! いいから!!」
桑島が、力を込める。
逆の手をひなたは、彼女の手をぎゅっと握っている。
実験室では、絶対にサンプル同士のこんな姿、見られない。
桑島は手のひらを広げる。
青白い光が弾けて。俺が指を鳴らした。その瞬間、帯電がより強さを増す。
「やってやろうじゃない!」
水原先輩に応援されたんだもん。加減なんか効かないからね?
ナンバリング・リンクスを通して、そんな声が聞こえてきた。【ブースト】を行使したことで、同調したんだと思う。でも、俺はあえて聞こえないふりに徹する。
自分なりに桑島の気持ちは、受け止めているつもりだ。
ただの男子高校生なら、それも悪くないと思っていたのかもしれない。
でも、やっぱり。
俺にとっては、ひなたが全てなんだ。
と――閃光が弾けて、目が痛い。でも、目を閉じている余裕はない。
桑島が容赦なく、園舎に最大出力の稲妻を叩きこむ。
青白い光は、目が開けられないくらいに燦々と輝いて。保育園の窓ガラスを次々と割っていく。
思わず、俺ですら耳を塞ぎたくなった。
でも、この刹那。ナンバリング・リンクスで二人に作戦を送信する。
目を丸くして――でも頷いて、ひなたとゆかりはすぐに動く。
(ふざけるなよ?)
俺は心の中で吐き捨てる。お前らにデータは与えない。当初の予定通り、五分で――データ収集される前に撃破してやる。
それは目標数値なんかじゃない。
確定数値だ。
俺の中で芽生えた感情。
宗方ひなたを実験室から守りたい。もう、守れないのは――諦めるのは――探し続けるのは――たくさんだから。
(絶対に、ひなたを守る)
それが単なる感情論だって、自覚している。
感情で思い描いた希望を、現実に具現化するのは支援型サンプルの仕事だから。
勝率、9割越えの計算式をスマートフォンに稼働をさせて。データ分析を現在進行形で続けながら。
俺はひなたとゆかりを追いかけたのだった。
残り4分20秒――。
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