第2話 桑島ゆかり-yukari kuwasima-


【桑島ゆかり】



 難しいことは良く分からないけれど、私の能力って「過剰帯電保有」を軸としているらしい。


 実験室のおじさんの言うことは、難しすぎてイマイチ分からない。

 おじさんって言うと、すぐ怒る。


 シリンジって名前だから「しーちゃん」って呼んだら、さらに大噴火。

 きっと、カルシウムが足りないんだって思う。


 ――お前は、生体電力兵器であるとともに、非常電力電源確保のため、補給兵も兼ね開発した。だがその結果、失敗した被験体サンプル……なんて言っても、テメェには分からねぇだろうが、な。


 そんな物言いしかでいないのかと、ため息をつく気にもなれない。


(絶対、モテなかったでしょ?)


 シリンジに、そう言ったところで不毛な議論にしかならない。失敗作と連呼されるのはムカつくが、もう反論する気力も湧かなかった。


 廃材スクラップ・チップスは、実験に失敗した成れの果てを指す。私だって、その意味を、理解しているつもりだ。


 通常、予後告知をされ、管理されて最後の日を【実験室】で待つ。

 閉鎖病棟で、徹底的に管理をされて。


 そうでなければ、自身の能力をコントロールできず、能力上限稼働オーバードライブを起こしてしまうからだ。


 ――テメェにはまだ利用価値があるからな。実験は継続だ。


 そうシリンジは嗤う。

 最後の最後まで、稼働試験を行う。能力上限稼働オーバードライブするその瞬間まで、データを測定すれば良い。それが、シリンジの考え方だった。


(……ま、なんでも良いか)


 お金目的で、実験室と契約を交わした。その目的を達成した今、心底どうでもよかった。

 

 でも、ひな先輩の能力スキル【遺伝子レベル再生成】によって、私は救われた。


 拳を作って。手のひらを広げて。電気がその度に弾けて。


(……私は、まだ生きてる……)


 それどころか、廃材スクラップ・チップスのカテゴリーから逸脱した電力を保有するに至った。


 そもそも私の能力スキルは、空気中から電子を取り込み、増幅貯蔵帯電させるもだった。だが、そのプロセスは実験の過程で失敗。私は、周囲にある電子を取り込むみ、放電するだけの生体兵器と成り下がった。そう、シリンジは言う。それだって、いつショートしてもおかしくない。


 私の体は、放電の負荷に耐えられない。それが廃材とカテゴリーされた理由である。


 ――余命一ヶ月。


 それが、私に残された時間だった。研究者の計測は間違いがない。彼らが、1ヶ月と宣告すれば、誤差はあれど、やはり余命は1ヶ月なのだ。この事実は変わらない。


 だから焦っていた。


 私が、被験体サンプルになった理由――目を閉じれば、家族の顔がちらつく。


 どんな被験体だって、それ相応の理由ワケを背負って、実験室に自分の魂を売り渡す。


(……ひな先輩は、どうしてサンプルになったんだろう?)


  素朴に、ひな先輩が被験体サンプルになった理由を知りたいと思う。持て余すほど未知の力を秘めたひな先輩だったが、実験室に関わったニンゲンとはとても思えないくらい、彼女は無垢で。


 ひな先輩と水原先輩の過去は、いつか絶対に教えてもらう。だって悔しい。まるで絆で繋がってる二人。そして、そこに入り込めず、仲間はずれの私。


 ひな先輩は何をするのもまるで初めてと言わんばかりに、全力だ。それが、いじらしくて、可愛いらしいって思ってしまう。


 水原先輩は、ひな先輩のことを、常に優しく見守っている。こんなに無防備に、柔らかい表情を見せる人なんだって、恥ずかしい話、初めて知った。


 まるで彼氏が彼女さんを見守っているかのようで――。


 でも、そんな二人を見ても、水原先輩を想う私の感情は変わらない。変えられるわけがなかった。

 

 水原先輩は、ひな先輩に対して、一途な想いを秘めたまま、今日まで過ごしてきた。その感情を突き付けられたのは、つい数日前のこと。


(……知らなかった)

 無意識に、唇を噛む。


 ――ずっと探していたんだよ。


 あの時の水原の言葉が、耳鳴りのように響いて――そして、消えない。

 それまで、水原先輩が実験室の関係者サンプルだなんて、思いもしなかった。


(……だって憧れの人だったんだ)


 水原先輩は、自分にはないものを持っていて。何でもできる。優しく微笑むその表情カオで、自分にだけ笑って欲しい――ずっと、そう思っていた。でも、気付く。気づいてしまったんだ。その笑顔すら、取り繕ったものだって。


 ひな先輩を前に、水原先輩が浮かべる、満面の笑顔を知ってしまったから。

 私の感情はグルグル回る。


 私の思考は混乱して、冷静じゃない。


 あと一ヶ月しかない命だ。この前の能力上限稼働オーバードライブで、私の細胞寿命は大きく劣化した。それは自分が一番分かっている。いかに、ひな先輩の【遺伝子レベル再生成】が体を癒やしてくれたとはいえ、私が廃材スクラップ・チップスである事実は変わらない。


 それを証拠に、気を抜くと指先からの放電を抑えることができない。


(時間が無い――)


 無いからこそ、自分のできることをしたい。だったら。せめて水原先輩に想いを告げたい。ついこの間まで、そう思っていたのに……。


 叶わない恋でも良い。ただ、この気持ちを告げたい。ずっとそう考えていた。知ってもらえたら、命が尽きても、悔いはないから。今考えたら、なんて身勝手なんだろうって思ってしまう。

 でも、もう一つだけ『したい』ことができてしまったんだ。


(ひな先輩の力になりたい)


 こういうの、なんて言うんだっけ? 

 盾矛タテホコ? なんか、そんな感じの。


 水原先輩が、ひな先輩に想いを寄せているのは一目瞭然だ。心が焦げそうで、焼きつきそうで。自分の無力さを感じる。二人の絆は、単純な恋心じゃない。それは見ていれば、イヤというほど痛感する。


 それに――。

 ひな先輩は、あまりにも恋という感情に、無自覚だった。


(あぁ、もぅ! 放っておけない!)

 勝手に自滅してくれたら良い。感情キモチに気付かず、感情オモイが追いつかず、両片想いが朽ちるのだって、高校生ならよくある恋バナで。


 でも、それでも――。


 【実験室】に抗う。そんなこと、私隊の感覚ではあり得ない話だ。自分達は実験動物で、その対価を得るために、この『体』を提供したから。そのルールに逆らうことそのものが、有り得ない。


 実験室が「実験」と言えばサンプルは「実験」に参加する。そこに肯定も否定もない。

 だって、私たちは実験体サンプルだから。

 研究者の言葉が、今でも耳にこびりついて、離れない。


 ――これは契約だ。充分に精査した上でサインをしてくれよ? ただ後悔はさせねぇ。お前には才能がある。それは俺が保証するから。


 実験室の研究者【シリンジ】は、あからさまな作り笑いを浮かべていた。


 これは国策による臨床実験だ。成功すればお前は力を得る。失敗しても国の保護、そして家族への貢献年金の支給と優遇が待っている。だが、その失敗がどのようなカタチの失敗かは、オレタチもソウゾウできないケドナ?


 用意された台詞を読み上げるように【シリンジ】は言う。その笑みを見やりながら、今この瞬間も実験をされているみたいだって、思う。

 でも、あの時の私は高揚していた。


 力が――力が欲しかったから。


 その力は、実験室の枠から外れ、今まで以上に私に『力』をくれる。

 帯電と放電を繰り返す。

 それが結果として、生命力を消耗させ、細胞レベルで摩耗しているとしても。


 深呼吸をして、手のひらに帯電をさせる。

 水原先輩の作戦を頭の中で再生リプレイさせる。爽の合図コールとともに、作戦は決行される。


 今は静かにその時を待っていた。

 ぱちん。

 無意識に放電して――そして、弾けた。


(役立たずの私が、誰かの『チカラ』になるなんて────)







________________


作者から、ゆかりさんへ私信。


盾矛たてほこではありません。

矛盾むじゅんです。






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