第2話 桑島ゆかり-yukari kuwasima-
【桑島ゆかり】
難しいことは良く分からないけれど、私の能力って「過剰帯電保有」を軸としているらしい。
実験室のおじさんの言うことは、難しすぎてイマイチ分からない。
おじさんって言うと、すぐ怒る。
シリンジって名前だから「しーちゃん」って呼んだら、さらに大噴火。
きっと、カルシウムが足りないんだって思う。
――お前は、生体電力兵器であるとともに、非常電力電源確保のため、補給兵も兼ね開発した。だがその結果、失敗した
そんな物言いしかでいないのかと、ため息をつく気にもなれない。
(絶対、モテなかったでしょ?)
シリンジに、そう言ったところで不毛な議論にしかならない。失敗作と連呼されるのはムカつくが、もう反論する気力も湧かなかった。
通常、予後告知をされ、管理されて最後の日を【実験室】で待つ。
閉鎖病棟で、徹底的に管理をされて。
そうでなければ、自身の能力をコントロールできず、
――テメェにはまだ利用価値があるからな。実験は継続だ。
そうシリンジは嗤う。
最後の最後まで、稼働試験を行う。
(……ま、なんでも良いか)
お金目的で、実験室と契約を交わした。その目的を達成した今、心底どうでもよかった。
でも、ひな先輩の
拳を作って。手のひらを広げて。電気がその度に弾けて。
(……私は、まだ生きてる……)
それどころか、
そもそも私の
私の体は、放電の負荷に耐えられない。それが廃材とカテゴリーされた理由である。
――余命一ヶ月。
それが、私に残された時間だった。研究者の計測は間違いがない。彼らが、1ヶ月と宣告すれば、誤差はあれど、やはり余命は1ヶ月なのだ。この事実は変わらない。
だから焦っていた。
私が、
どんな被験体だって、それ相応の
(……ひな先輩は、どうしてサンプルになったんだろう?)
素朴に、ひな先輩が
ひな先輩と水原先輩の過去は、いつか絶対に教えてもらう。だって悔しい。まるで絆で繋がってる二人。そして、そこに入り込めず、仲間はずれの私。
ひな先輩は何をするのもまるで初めてと言わんばかりに、全力だ。それが、いじらしくて、可愛いらしいって思ってしまう。
水原先輩は、ひな先輩のことを、常に優しく見守っている。こんなに無防備に、柔らかい表情を見せる人なんだって、恥ずかしい話、初めて知った。
まるで彼氏が彼女さんを見守っているかのようで――。
でも、そんな二人を見ても、水原先輩を想う私の感情は変わらない。変えられるわけがなかった。
水原先輩は、ひな先輩に対して、一途な想いを秘めたまま、今日まで過ごしてきた。その感情を突き付けられたのは、つい数日前のこと。
(……知らなかった)
無意識に、唇を噛む。
――ずっと探していたんだよ。
あの時の水原の言葉が、耳鳴りのように響いて――そして、消えない。
それまで、水原先輩が実験室の
(……だって憧れの人だったんだ)
水原先輩は、自分にはないものを持っていて。何でもできる。優しく微笑むその
ひな先輩を前に、水原先輩が浮かべる、満面の笑顔を知ってしまったから。
私の感情はグルグル回る。
私の思考は混乱して、冷静じゃない。
あと一ヶ月しかない命だ。この前の
それを証拠に、気を抜くと指先からの放電を抑えることができない。
(時間が無い――)
無いからこそ、自分のできることをしたい。だったら。せめて水原先輩に想いを告げたい。ついこの間まで、そう思っていたのに……。
叶わない恋でも良い。ただ、この気持ちを告げたい。ずっとそう考えていた。知ってもらえたら、命が尽きても、悔いはないから。今考えたら、なんて身勝手なんだろうって思ってしまう。
でも、もう一つだけ『したい』ことができてしまったんだ。
(ひな先輩の力になりたい)
こういうの、なんて言うんだっけ?
水原先輩が、ひな先輩に想いを寄せているのは一目瞭然だ。心が焦げそうで、焼きつきそうで。自分の無力さを感じる。二人の絆は、単純な恋心じゃない。それは見ていれば、イヤというほど痛感する。
それに――。
ひな先輩は、あまりにも恋という感情に、無自覚だった。
(あぁ、もぅ! 放っておけない!)
勝手に自滅してくれたら良い。
でも、それでも――。
【実験室】に抗う。そんなこと、私隊の感覚ではあり得ない話だ。自分達は実験動物で、その対価を得るために、この『体』を提供したから。そのルールに逆らうことそのものが、有り得ない。
実験室が「実験」と言えばサンプルは「実験」に参加する。そこに肯定も否定もない。
だって、私たちは
研究者の言葉が、今でも耳にこびりついて、離れない。
――これは契約だ。充分に精査した上でサインをしてくれよ? ただ後悔はさせねぇ。お前には才能がある。それは俺が保証するから。
実験室の研究者【シリンジ】は、あからさまな作り笑いを浮かべていた。
これは国策による臨床実験だ。成功すればお前は力を得る。失敗しても国の保護、そして家族への貢献年金の支給と優遇が待っている。だが、その失敗がどのようなカタチの失敗かは、オレタチもソウゾウできないケドナ?
用意された台詞を読み上げるように【シリンジ】は言う。その笑みを見やりながら、今この瞬間も実験をされているみたいだって、思う。
でも、あの時の私は高揚していた。
力が――力が欲しかったから。
その力は、実験室の枠から外れ、今まで以上に私に『力』をくれる。
帯電と放電を繰り返す。
それが結果として、生命力を消耗させ、細胞レベルで摩耗しているとしても。
深呼吸をして、手のひらに帯電をさせる。
水原先輩の作戦を頭の中で
今は静かにその時を待っていた。
ぱちん。
無意識に放電して――そして、弾けた。
(役立たずの私が、誰かの『チカラ』になるなんて────)
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作者から、ゆかりさんへ私信。
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