第2章 使い捨てられる廃材たち

第1話 潜入-infiltration-


「さて、どうしようかな?」


 まるで、ショッピングに来たかのような感覚で爽君が言うから、気が抜けてしまう。ゆかりちゃんに至っては、迸る電気が行き場を失って「ぷしゅんっ」とショートしたような音を立てている。


 保育園の前――そうは言いながらも、爽君はスマートフォンを睨みつつ、時に指でフリック、タップ、タップ、そしてフリックを繰り返していた。


 この前のことで、私は爽君のことを少しだけ理解することができた。爽君は頭脳労働、担当なのだ。完全勝利チェックメイトのために、盤上全体を見ている。


 一方のゆかりちゃんは、とっとと突っ込もう? と臨戦態勢。でも頭脳労働担当の爽君としては、そう安易に許可することはできないのだと思う。


 だって、園児達の命に関わる。でも爽君なら――ひなたの安全が最優先って言いそう。最近、思った。爽君は思うよりも、心配性で過保護だ。


(……でも、ちょっと子ども扱いされている気がする)


 それが不満。でも――。

 今の爽君を作り上げってしまったのは、きっと過去の暴走した私なんだ。それなら、私がもっと強くならないと。心底、そう思う。


「どうするも何も助けるんでしょ?」


 ゆかりちゃんは、少しイライラしながら、パチンパチンと電流を発する。この通りに誰も来なかったのは、救いだって思う。誰かに見られたらどうするの? ゆかりちゃんを見ていると、ハラハラしてしまう。


「電流をおさめろ、桑島」


 爽君は特に意にも介さずスマートフォンの画面を見やり、検索を続けていた。


「実験室のサンプルが、世間的に公認されていると思っているのか?」


「…………」


「桑島の方が今の内部事情は詳しいだろ? 統制がとれないサンプルを実験室がどう管理しているのか。実験室のサンプルは、世間一般から考えたらオーバースペックだ。実験室の監視システムを甘くみたら痛い目にあうぞ?」


「遺伝子実験監視型サンプル【弁護なき裁判団】のことを、水原先輩は言っているんんだよね……」


 コクリ。ゆかりちゃんが、喉を鳴らす。爽君は、固い表情のまま、お互いを見やる。と、爽君は悩ましげに息をついた。


「やっぱり、監視システムは継続して稼働しているんだな。あの人、何も教えてくれないから」

「え? え? え?」


 私は話についていけず、目を白黒させるしかない。


「まぁ当然と言えば当然だよね。監視システムを活用するのが一番、廃材スクラップ・チップスを処理しやすいし、サンプルのデータを集めやすいからね」


「……えっと、爽君?」


 私は訳が分からなかった。考えてみれば、私の実験室の知識は、あの時から止まっている。父も母も、実験室から離脱。私は何も知らない以下だった。


 そしてゆかりちゃんは、ムスッと不機嫌な表情を浮かべて――いるのは、廃材の処分というワードが、この話題のメインテーマだからだろう。

 そう思えば、ズキズキ胸が痛む。


 桑島ゆかりという女の子は、【能力上限稼働オーバードライブ】からリブートした。とはいえ、廃材である事実は変わらないのだ。私の能力スキルでは、彼女の全てを治癒することができなかった。奢りと言われそうだけれど、やっぱり歯痒い。


「ひなた」


 爽君は、真っ直ぐに私を見て言う。いつものように、柔らかな空気とは温度感が違う。彼は、私を相棒として、対等に見てくれている。


「……ひなたはドコまでしたい?」


「え?」


「実験室の監視は常ある。ひなた自身にもね。そして今言ったように、廃材スクラップ・チップスに対しても。常に奴らは実験を繰り返し、データを欲しがっている。ひなたが能力を行使するって事は奴らにデータを提供するってことだ。遺伝子特化型サンプル【限りなく水色に近い緋色】は実験室の機密情報だ。ひなたは実験室とどう向き合うつもりなの?」


「え……え……?」


 パンクしそうになる。そんなことを考えたこともなかった。だって自分は実験室に見放された失敗作――ずっと、そう思っていたのに。


 爽君やゆかりちゃんは、私よりも多くの情報を持っている。でも自分は? 実験室を私が燃やし尽くして、全てが終わった。ずっとそう思っていた。でも結果はどうだろう? 私は能力スキルを制御できず、そして自分の居場所すら作れなかった。



(……爽君と再会するまでは)


 ぐっと拳を固める。

 実験室が誰かを泣かせるの姿を見るのは、もう沢山だって思う。たとえ、その行動が無謀だとしても。だって爽君は言ったんだ「バケモノの片棒を担ぐ」って。


「――ごめん、みんな。私が助けたいって言ったのに、私が一番消極的だ」


 私はまっすぐに爽君を。それからゆかりちゃんを見る。

 それから、自分の頬を両手で叩いた。


「ひなた?」

「……ひな先輩?」


 二人が唖然としている姿を尻目に。私は、少しだけ気持ちが晴れた気分になる。


「答えは出ない。でも、保育園の子を助けたい。ダメ?」


 爽君を見る。彼はため息をついて、、それから微苦笑を浮かべる。


「ダメじゃないよ。でも、俺はひなたを守りたい。守るためには、実地で検証を重ねることが重要だって思っている。でも実験室とどう向き合うか、これは、そのうち結論を出そう。俺も情報を出すから」


「うん」


 爽が協力してくれると思うと、自然と笑顔が溢れる。嬉しい、すごく嬉しい――。


「ひな先輩、私もいるからね」


 ぐっとゆかりちゃんが拳を固めた。その拳から抑えきれないと言わんばかりに、青白い電流を迸らせて。


「はいはい。桑島、先走るなよ」


 と、爽君は、その拳を無理矢理、降ろさせた。爽君が溢れただけで、電流がかき消える。ゆかりちゃんは、目を丸くして――私は、気持ちがモヤモヤする。別に手を触れる必要なんか、なかったんじゃないだろうか。


(でも、なんでモヤモヤするんだろう……)

 気持ちが高揚しているせいか。

 私は、私の気持ちが、よく分からない。


廃材スクラップ・チップスは一人。突っ込めばすぐ鎮圧できると思う。でも、子どもたちを人質にする可能性もある。被害は最小限に抑えたい。後は、実験室にデータを収集させたくない」


「うん、そうだね」


 と、私もコクリと頷いた。それに、爽君とゆかりちゃんを、危険な目に合わせたくない。ぐっと、私は心の中で、拳を作る。


「プラス、遺伝子実験監視型サンプル、弁護なき裁判団の介入も防ぎたい。ということで、時間は5分で全て完了させていって思ってる」


「5分?」


「桑島、活躍してもらうからね?」


 爽君はニッと笑った。

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