第15話 水原爽①


【水原爽】






 スマートフォンの黒い画面を見やる。

 別にブラックアウトしたワケじゃない。

 今、この段階での無数のプログラム言語が動いている。それを可視化したところで、意味はない。この管理は【デベロッパー】の仕事だ。【デバッガー】の俺にできることはない。


▶︎blockブロック


 一瞬、そう表示されて消えた。外部からの侵入者を跳ねつけたのだ。この学園は、いわば実験室のサンプルライブラリー。敵陣のなかで、甘いセキュリティーのなか過ごせるはずがない。


 システムを管理するの【デベロッパー】の仕事。サンプルをアシストするのは俺――【デバッガー】の仕事だ。


 俺は、スマートフォンに指を走らせる。

 途端に言語が溢れた。


 個人情報、位置情報、保有するアカウント。そして、パスワードを特定する。フリック。ウイルスを送信する。きっと、侵入者が保持するネットワークは全廃したはずだ。


 ――侵入ハッキングして良いのは全廃ハッキングされる覚悟があるヤツだけだよ? 爽君には、その覚悟があるかな?


 あの人の飄々とした顔が目に浮かぶ。

 ぴこん。

 昔のゲーム機のような音が響いた。




▶︎認証成功

▶︎LINKします。


Debuggerデバッカーがログインしました。

▶︎Developerデベロッパーがログインしました。




Developer>お待たせ。やっと、システムが安定したよ。それにしても今回のケース、からくもって、感じじゃなかった?

Debugger>うるさいよ!


Developer>まぁ、まさかの多系統能力マルチスキルの行使とくれば、ね。デバッガーとしての、サポートがしにくかったのは仕方ないかもね。サンプルの情報が【発火能力パイロキネシス】しかなかったワケだし……それだけでも、驚異だけどね。


Debugger>……そんなの、何の言い訳にもならな――。


Developer>でも、及第点なんじゃない? 実験室を撹乱することには成功したワケじゃん?

Debugger>あの人が、それで納得するワケが――。


Developer>もうちょっと、攻めの一手が欲しかったってさ。多分、「上層部は宗方さんのデータをハッキングしているよ」って。まぁ、確かに私もそう思うかな。


Debugger>あれ以上、どうしろって言うんだよ?!

Developer>どうもできないし、それで良い。多系統能力マルチスキルは、本当に想定外だった。


Debugger>だから、それは言い訳にはならな……。

Developer>君も十分お化けだって自覚すべきだよ、水原君。通常、サンプルは過度な遺伝子操作で単独能力シングルスキルの行使が限界だから。それだって細胞レベルで負荷をかけるんだよ?


Debugger>俺の場合はデベロッパーがいてくるから。そこを度外視して、自分の功績を語るほど、俺は落ちぶれていない。


Developer>ふふふ。それじゃ、今後の方針について話しておこうかな? まずは君と宗方さんのシンクロ率向上は必須だよね。サンプルとしての基礎試験も継続してよ? せめて、ナンバリングリンクスはインストールしてもらわないと――。


Debugger>もうしている。

Developer>それなら話が早い。それから、宗方さんに青春ってヤツをしっかり味わってもらわないとだね……。





■■■





 クラクラして、首を振る。


 ひなたが担任に呼ばれたのは、丁度良かったのかもしれない。いつも、プライベートチャットは、疲労感が半端ない。完全な外部干渉の遮断。


 デベロッパーが管理している、サーバーの負荷をこの瞬間だけは肩代わりするのだ。已む得ないと言え、アイツの抱えている負荷には、毎回、舌を巻く。


 小さく息をつく。

 校舎裏に呼ばれた――その理由を想像して、辟易とする。


 普段なら、無視をする。

 なぜと問われたら。

 惚れた好いたの感情に付き合うほど、俺は暇じゃない。


 ポケットに手を突っ込んで、待つと――ボブカットの……一般的に見て、愛らしい少女がパタパタと走ってきた。


 期待の満ちた目で。

 俺は小さく、息をつく。

 本当なら、拒絶したい。こんなことに、時間をかける余裕なんかない。


 ――この子……爽君に手をのばすために、ものすごく勇気を振り絞ったと思うから……。

 そう言ったのは、ひなただ。


 俺は、ひなた以外に興味が無い。

 この子と離れて生きるしかなかった、これまでが本当に辛かった。


 だから――。

 彼女を守るためなら、どんなことでもする。


 ――本当にバケモノの片棒を担ぐつもりがあるの?

 ひなたは、そうく。


 ――爽君、力を貸して。

 何を当たり前のことを。そう思うのに、消化不良だった。


 俺は、宗方ひなたをサポートするために、開発されたサンプル。

 でも、それ以前に。それ以上も、以下もなく。君を守りたい。そう思うのに――まだまだ、力が足りないと実感した。


 そんな君は、気持ちを軽々しく無視するなと言う。

 だから――。












「水原君! 私、あなたのことが好きです!」


 意を決した言葉。期待に満ちた目。俺は、嗚呼、やっぱりと思ってしまう。結局は、そんな言葉を吐かれて。その気持ちには、応えられない。


「ごめん――」


 俺は小さく、息を吐いた。

 断る。


 拒否をする。

 無視したって、結果は変わらないと思うに――。


「そっか……」


 名前も知らない彼女は、切なそうに涙を浮かべて。

 そして、笑っていた。その指先で、涙を掬う。


「なんとなく、そうかなって思っていたの。理由を聞いても良いかな?」

「……」


 理由って、なんだろう?

 恋愛感情は良く分からない。


 ただ、瞼を閉じれば、ずっと探していた、あの子の表情が目に浮かぶ。実験室ラボで、いつも試験から逃げたがっていた、あの顔が――。


(あれ?)


 それよりも、今のオドオドした。でも、前を向くひなたの表情。そして笑顔に、上書きされていた。


「やっぱり、宗方さん……?」


 その言葉に、目を丸くして。

 腑に落ちる。


 あぁ、そうか。

 納得してしまった。

 俺は、ひなたの手をもう離したくないって。強く、そう思って――。


「だって、水原君。宗方さんを、本当に優しい目で見てるもんね!」

「へ?」


 言われて、気付く。


「私は、失恋したけど、さ。宗方さんなら、納得できる! あの子、純粋だし。真っ直ぐだし。何より、素直。宗方さんなら、水原君の隣は納得だよ!」

「は?」


 目をパチクリさせる。


「だって、宗方さんが転校してきてから。水原君、本当に優しく笑うようになったもんね」

「いや、あの――」


 俺は宗方ひなたの【デバッガー】で。それ以上の感情は――。




 びちょん。

 水滴が落ちるように。

 波紋が広がるように。

 ひなたの言葉が広がる。



 ――爽君、力を貸して。


 逆だよ、ひなた。

 俺の傍にいて。


 俺から生きる目的を、奪わないで。

 ずっと、君のことを探していたんだ。







■■■







爽傘会そうさんかいの一員として、これからも、水原君のことを応援しているからね!」


 ぶんぶん、彼女は手を振って。

 満足したと言わんばかりに、踵を返す。


「へ?」

 意味が分からない。分からないけれど――振り絞った勇気。その言葉を、始めて無視しなくて良かったと、思った。


 俺がひなたを探していたように。

 あの子は、俺にとっての【ひなた】を探していたのかと思うと――胸が温かくなって、そして寂しく疼く。


 妙にぽっかりとした穴を感じて。

 早く、ひなたに会いたいと思ってしまう。


「ところで……爽傘会そうさんかいって、なんなの?」


 それだけは、永遠の謎だった。

 





________________


※爽傘会

水原爽君と相合い傘を、いつかさしたい乙女達の会

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