第13話 実験室の研究者、ビーカー②


【実験室の研究者、ビーカー】


 目を奪われるって、こういうことを言うのか。ディスプレイから目を離せない。

 自分が、開発したサンプルに対して、自負がある。どのサンプルを見ても、うちの子達が一線を画している。そんな自信があった。


 だけれど。

 このサンプルは――。

 こくり。

 唾を飲み込む。


(明らかに、設計思想の次元が違う――)


 その一挙一動を目に焼き付けようと、俺は無意識に、ディスプレイを凝視していた。




■■■




 その少女は押し殺した感情を吐露するように、拳を固める。


 監視システムが熱反応を検知した。


 彼女は無造作にボールを投げるようにその腕を全力で、振る。


 生まれる火球が、激しく音をたてて破裂した。そして静寂が訪れ――





■■■




 ディスプレイとスピーカーが〝ぷしゅんと〟静かな音をたてて沈黙した。


「は?!」


 シリンジが、キーボードを乱暴に叩く。だが、結果は一緒だ。

 ディスプレイのモードを切り替える。パソコン本体は何の問題なく稼働していることを証明する。


「監視システムがフリーズしているのか?」

「……サンプルの【発火能力パイロキネシス】程度で、監視システムが沈黙するかよ?! だとしたら、相当老朽化だろ、このシステム!」


 乱暴にキーボードを叩いても、表示されるダイアログは、



"ENTER "

"file doesn't exist(データは存在しません)"

これのみ。



 俺は思わず目を細めた。シリンジは、監視システムを探りながら、データを救出サルベージしようと必死で。


 監視データそのものが、逐次、削除されている。データにアクセスできたかと思えば、即座に表示は【file doesn't exist】

 その挙動は、まるでウイルスとしか言いようがない。


(……あのサンプルが?)


 目を閉じて、彼女の挙動を思い返す。発火能力パイロキネシスの起動。熱反応を確かに検知した。

 彼女の投げるようなモーション。そこまでの能力スキル起動、実行、結果のプロセスは澱みない。まるで、支援型サンプルのアシストがあったかのようで――。


(支援型?)


 ノーマークだった、彼が目に浮かぶ。すでにサンプリング登録済みの支援型サンプル。すでに登録されているから、と。データーベースがらの非検索と、除外していたが、もしかすると――。


「クソっタレがぁぁぁぁっっ!!」


 シリンジの怒号に、思わず思考を中断された。弱いなんとかほど、よく吠える。


 可哀想なのは、情報開示責任者という立場だけで同席させられた校長だった。シリンジの八つ当たりを受けながら、この事態に、ただオロオロするしかない。


 気の毒にとは思うが、こうなったシリンジはどうしようもない。結局は好きにさせるしかないのだ。


(……小者め)


 俺は悩まし気に小さく息をつく――そんな、振りをしてみせた。


「校長先生、この時間をお借りして校内視察をさせてもらって良いですか?」

「そ、それはもちろん構いませんが……」


 校長は困惑の表情を浮かべていた。それはそうだろうって思う。

 実験室に全てのデータは提出済み。気になる生徒が仮にいたとしても、今回のトラブルで情報収集は困難。今さら校内視察をしても、ツールが起動しないのだから、新しいデータを採取できるはずがない。



「どちらかと言うと、折角ですから、青春の息吹を感じておきたいってトコですかね?」


 俺は校長を安心させるように、微笑んでみせた。

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