第10話 本当にバケモノの片棒を担ぐつもりがあるの?
「水原先輩……」
その声を聞いて、私は我に返った。そっと、爽君との距離を
(爽君?!)
あたふたしている場合じゃない。でも、思考が追いつかない。頬が熱い。爽君があまりにも近いから――。
と、爽君もその子に向け、視線を送る。
(一年生?)
深い感情がこもった目で、彼女は爽君だけを見ていた。
「私には見向きもしなかったクセに、その人のことは見るんですね?」
「……」
爽君は無言で彼女を見やる。その唇の端が、私には見せなかった不快感を示して、少しだけ歪む。
私に向けて指で下がって、と合図をするのが見えた。しゅっ、と。指先と指先が離れる。
ただならない空気を察知し、私は少し後ずさった。
こういう子を【実験室】で、何人か見た気がする。
何か、大切なものが壊れてしまった。
そんな目をしていた。
その刹那。彼女の指先が光で弾けたのはきっと錯覚じゃない――。
「動かないで!」
ビリビリと空気を震わし、帯電させる。静電気のような――それでいて、比べものにならないくらい程の痛みが私の足に走る。
「泥棒猫! 水原先輩を私から奪った――」
「俺は君のモノじゃない」
爽君は容赦なく言い放つ。彼女の顔面が、血の気が失せたように蒼白になった。
「爽君、もう少し言い方を考えてあげても……」
「ひなたは俺に嘘をつけって言うの?」
爽君は肩をすくめる。
「嘘をつくことの方が残酷だって知ってる?」
「……みんな爽君のように強くないってことだと思うよ」
「強い?」
爽君の睫毛が揺れる。その目が疑問符を投げかける。でも、私も譲れない。でも、どうして譲れないの?
分からない。
思考が追いつかない。
でも。
――ずっと探していたってことだよ。
爽君は、私にそう言ってくれた。
それなら、私の気持ちを素直に伝えても。
きっと、彼なら無下に拒絶しない。
どうしてか、今なら、そう思える。
「この子……爽君に手をのばすために、ものすごく勇気を振り絞ったと思うから……」
羨ましいって思う。
私には、そんな勇気なんか無いから。
誰かを好きになるという感情は、全然理解ができない。でも、憧れはある。恋愛小説や、マンガのように。
異性の子――爽君が、こんなに近い。傍に居るだけで、これほど心臓がうるさいのに。
本当に恋をしちゃったら、私はいったい、どうなっちゃうんだろう?
「手をのばす勇気なんか……あの時、何もできなかったことに比べたら、たいしたことない」
爽君は淀みなく言い切る。その言葉に、苦い感情を
「だって――ひなたを失うことの方が何より怖いから」
まっすぐ、爽君は私を見つめる。絶対に譲らないと、その目に意志を宿らせて。
「だから、周囲の誰かを傷つけても、どんな方法でも。宗方ひなた、君を守りたいって思っているんだ」
爽君は、真っ直ぐに私を見て、そして小さく笑んだ。
対照的に彼女は、絶望的な感情をその双眸に色塗る。
「先輩は、私の! 私だけの先輩だから!」
彼女の掌から放り投げられた閃光が、ギラギラと輝いて――体育館の壁に灼いていく。鈍い衝撃とともに火の手があがった。コンセントが黒く焦げ、バチバチ、火花を上げる。間違いなく、ショートしたんだ。間髪入れず、照明が――窓ガラスがけたましい音を響かせて割れていく。
「過剰帯電保有か。さらにブースターまで埋め込んでると見て間違いないかも」
軽くステップを踏みながら、爽君は手元のスマートフォンに視線を落とした。
「そ、爽君?」
私は訳がわからない。考えれば、考えるほど混乱する。実験室が開発した
忌むべきモノと、見たくもなかった私の
「そういうわけで、ひなた。とりあえず動こう。スピードはそれ程でもない。むしろ制御できていない感じがするね。だから、とりあえず動くんだ。的になってやる必要はないでしょ? それから、ひなたのブレーキを解除するよ?」
「え?」
「気付いてなかった? 嬉しいかも」
爽君はニッと笑んだ。
「経験不足で能力稼働が安定していなかったんだ。だから制御が難しかったんだと思うよ。俺のいる半径30メートルに
と指をさすのはペンダント。
「ブレーキとブースターの両方の機能と、俺とリンクする触媒にもなっているから」
と、自分もかけている同じペンダントを見せる。
私は口をパクパクさせるしかない。
そ、それって、それって……。思うように言葉にならない。
(ペアルック……?)
顔が真っ赤になっていることを自覚する。私は今まで、友達が一人もいなかったのだ。異性とこうして一緒に過ごすだけでパニック案件だというに。爽君は容赦なく、私の築いた壁を、あっさり取り除いてしまう。私の思考は、強制シャットダウン寸前だった。
でも、と思う。戸惑ってばかりだけれど。確かに実験室時代を過ごしたあの子が、爽君なんだって、実感する。
あの子の面影と、爽君の笑顔が重なって。自然と安堵して脱力しそうで――膝に力を入れて、踏ん張る。
拳を握る。
(まだ、何も終わっていない)
小さく炎が灯るが、
「能力が不安になるのは仕方ないよ。でも俺は、君を……遺伝子研究特化型サンプルをサポートする【デバッガー】だから。この
爽君の言葉を、何度も心の中で反芻させながら、私は大きく深呼吸をする。
忌むべき自分の能力について今まで、色々と考えてきた。その全ては自分に対しての否定。こんな能力なんか無ければ良かったのに。どうしても、そんな考えばかりが
でも爽君は、自分の
多分このペンダントの作成にしても、実用段階に至るまで、かなりの試作を繰り返したはずなんだ。
サンプルの遺伝子情報に適応した
こんな私を、爽君は守りたいって言ってくれる。
迷いなく、はっきりと。それなら私は? 望まないこの
(私はどうしたいの?)
しばし考えて、答えはもう出ていることに気が付く。
彼女の苦しそうな。何もかも失ったような、そんあ
「爽君」
彼の名前を呼ぶ。爽君は嬉しそうに笑みで返した。私は私の意志で、言葉を紡ぐ。
「本当にバケモノの片棒を担ぐつもりがあるの?」
とくん。とくんと心臓を打つ。私は望んでしまう。バケモノが望むなんて、それこそ不相応だって思うけれど。
でも、それでも。爽君、お願い。私に力を貸して――。
■■■
――本当にバケモノの片棒を担ぐつもりがあるの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます