第5話

(ようやく今日も一日が終わった……毎日へとへとすぎる)




 ここ数日は体力的にも精神的にも疲れる日々だった。下級生の女子生徒から恋文ラブレターを貰った時は、どうしたらいいのかと真面目に悩んだものだ。もちろん傷つけないように丁重に断ったが、これも魅了の影響だと思うと頭が痛い。


 ちなみに男子生徒を雑に扱っても胸は痛まなくなっていた。




(明日学園長に会えるかしら?)




 明日がようやく約束の一週間だ。だが本当にジークムントが手掛かりを見つけてくる可能性は低い。


 百年以上も魅了の祝福が現れていなかったのだから、そう簡単に制御方法が見つかるとは限らないだろう。




「というか、まさか生徒会長までも魅了の餌食になるなんて……! これじゃあ本当に、歴史に悪女の名前が刻まれちゃう……」




 傾国の美女とは、文字通り美女だから通用するし納得もされるのだ。


 エルヴィーラのように平凡な顔立ちの少女には当てはまらない。




 脱力気味にベッドに寝転がる。この瞬間が一日の中で一番好きだ。


 


「まあでも……会長の声は……素敵だったわ」




 温和な笑顔が麗しい。優し気な顔立ちは第二王妃譲りだそうだ。エルヴィーラは会ったことはないが。


 レインハルトはヘルムートの顔立ちとは似ていない。また身体能力が著しく高いヘルムートの方が身体つきもがっしりしており、精悍で野性的でもある。




(馬鹿王子の婚約者でも、第一王子と会話をしたことなんてなかったものね。接点がなかったから)




 だが名前と顔は知っていてくれたらしい。


 なんだかエルヴィーラの乙女心がくすぐられたが、同時にレインハルトの奇行と言動も思い出した。




「待った、麗しい王子様は私の髪がお気に召したようだった……」




 魅了の力にあてられて奇行をしただけかもしれない。だが、潜在的な欲望が表面に出たとも考えられる。


 そして彼から提案された婚約話……エルヴィーラはうめき声を上げた。




「無理、絶対に無理でしょ! 第二王子と婚約解消をしたからって、次は第一王子とか節操がなさすぎるじゃない」




 魅了の力については極秘扱いとなっており、学園長にしか知られていない。エルヴィーラを追いかけまわす男子生徒たちが目撃されるのも、これまでヘルムートの婚約者だったからお近づきになれなかった反動だという説が通っていた。




「ようやく悪役令嬢という立場から逃れたというのに、今度は悪女の汚名を着せられることになったら、どうやって平穏に生きて行けばいいの……?」




 望みは制御アイテムしかない。


 それを使用すれば、日常生活に支障が出ないようになる……はずだ。




(明日は一日授業をサボって、学園長室で待機しよう。もう真面目な優等生の仮面は外すわ)




 朝食と昼食用に、寮の食堂で持ち運びやすい軽食を作ってもらおう。そしたら部屋に長時間部屋に引きこもれるはずだ。


 


 つらつらと一日の予定を考えながら眠りに落ち、翌朝。


 エルヴィーラは予定通り軽食を持ち込んで、学園長室にやって来た。この一週間だけ、特別に鍵を預かっているのだ。




「失礼します……」




 小さな声で挨拶し、部屋に入る。ジークムントの姿はまだない。


 


「やっぱり朝早く来すぎたようね」




 何時に待ち合わせとは言っていなかったが、午前中には現れるだろう。


 軽食を食べてのんびり手持ちの本を読みながら待っていると、一週間ぶりにジークムントと再会した。彼は珍しく色付きの片眼鏡をかけている。




「おや、お早いですね。すみません、レディを待たせるなんて」


「いえ、こちらこそ早くから居座ってしまってすみません。居ても立っても居られなくてつい……」


「ふふ、構いませんよ。ああ、今日はもうひとり見学者がいまして」




 扉から現れたのは、昨日この部屋で出会って逃げてしまった相手、レインハルトだった。




「か、会長……っ」


「おはよう、エルヴィーラ」




 キラキラしい笑顔を振りまきながらエルヴィーラが座るソファの隣に腰をかけてくる。


 頭の中で彼から婚約を持ちかけられた台詞が蘇ったが、意識的に排除した。その記憶はどこかに封印したい。




「すみません、私としてもあまり関係者を増やすのはよくないと思ったんですけど、どうしてもと押し切られてしまいまして……」




 ジークムントが申し訳なさそうに詫びた。




「い、いえ、そんな……会長からも貴重な意見を伺えるかもしれませんし」




(あ、それに昨日の提案も、魅了に惑わされただけだって気づくかも)




 この祝福の困ったことは、魅了にあてられたときの記憶も残っていることだ。エルヴィーラと距離を置いても一度魅了の種が撒かれた相手はエルヴィーラに好意的な感情を抱き続けてしまう……らしい。とはいえ時間とともに薄れていくそうだが。


 なんだか信者でも作り上げているような気がして、エルヴィーラの胃が痛む。




「あ、でも授業は大丈夫ですか?」


「この時間はちょうど空いていてね。生徒会の仕事をしようと思っていたんだ。君の方こそ大丈夫なのか?」


「私は今日一日仮病です」


「ははは、私たちふたりの前で堂々と仮病と言い切ったのはあなたがはじめてですよ。まあ、今のあなたの最重要事項は確かに私に会うことですし、仮病でもなんでも構いません」




 ジークムントが手に持っていた箱をエルヴィーラの前に置いた。


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