第4話

 学園長のジークムントは国王の末の弟であり、レインハルトとヘルムートの叔父にあたる。まだ28歳という若さだがうまく学園を統率しており、生徒からの信頼も高い。




 忙しい人なので学園にいるとは限らないのだが、一縷の望みをかけて扉をノックすると、入室が許可された。




(よかった……!)


 


「失礼します、学園長」


「いらっしゃい、エルヴィーラさん。今日はひとりですか? うちの問題児の方の甥はいなさそうですね」


「はい、私ひとりです。あと先ほど婚約を解消すると言われたので、もうヘルムート殿下とも関わりはありません」


「え、そうなのかい? それはまた急ですね……おや?」




 痛ましいような表情を向けたかと思うと、ジークムントは不意にエルヴィーラをじっと見つめだした。


 彼が持つ不思議な虹彩で見つめられると、なんだか心の奥まで見透かされたような心地になる。




「エルヴィーラさん、あなた祝福を受けてますね?」


「っ! やっぱり祝福が!? さっきヘルムート殿下から婚約解消を言われた後に、頭の中で女神と名乗る女性の声が響いて……」




 思い出せる範囲でジークムントに訴える。




(そうだったわ。学園長の祝福は、祝福を判別する力だった)




 多種多様な祝福を授かった子供たちにどんな祝福があるかを判別することができる。それがジークムントの祝福だ。学園長という職は彼にとって天職だろう。この学園では自分の属性にあった祝福を学ぶこともできる。


 これで女神とやらに勝手に授けられた迷惑な祝福がわかりそうだ。




 小さくほっと一息つくと、珍しくジークムントの眉間に皺が刻まれた。


 


「これは……なんとも珍しい」




 ジークムントの瞳がほんのりと光を帯びている。


 エルヴィーラは内心ひやりとした。そういえば先ほどの男性たちも、瞳が僅かに光っていなかったか。




「あの、一体なんでしょう……?」


「どうやらエルヴィーラさんが授かった祝福は、魅了のようですね。この国で魅了の祝福が現れたのは百年以上前のことなので、とても珍しいものだと思います」


「み、魅了……!? それって、節操なく他者を虜にしてしまうという?」


「ちょっと言い方に語弊はありますが、概ね合ってます。この学園の七不思議に女神からの祝福が入っているのはご存じですか? 気まぐれに生徒に祝福を授ける女神が棲んでいるようなんですよね。誰も姿を見たことはないんですけど」


「なんですか、その迷惑行為は。今すぐ退治してください」


「それはさすがに……女神様なので」




 ジークムントが困ったように眉を下げた。


 だが困ったのはエルヴィーラの方だ。




(魅了の祝福にあてられて、私と接近した男性が豹変したってこと!? なんて迷惑な力なの……!)




「これって祝福じゃなくて呪いじゃない! せっかく馬鹿王子と縁が切れて平穏に暮らせると思ったのに……」




 なんだか涙が出そうになる。


 ジークムントの前で馬鹿王子と失言したことに気づきつつも、詫びる気持ちにもなれなかった。


 彼自身もヘルムートを問題児扱いしているので、エルヴィーラに同情の眼差しを向ける。




「学園長、この呪いを解く方法はないんですか?」


「祝福は一度授かったら一生ものなので、残念ながら……」


「じゃあ、せめて制御ができるようなアイテムとか……?」


「一般的に使われている制御石がありますが、幼い子供用のなのでなんとも。後天的に授けられた祝福は、先天的なものよりも効力が強いでしょうし……」


「そんな……」




 エルヴィーラの目に雫がたまる。


 これまで厳しい王妃教育を受けてきても、人前で泣いたことなんてなかったのに。感情が昂り、目頭が熱くなる。




(女神を捕まえて呪いを解かせたい……!)




 ショックで泣いてしまうエルヴィーラを見て、ジークムントの胸もギュッと締め付けられているようだ。




「エルヴィーラさん、なんて可愛い……いや、可哀想に。私の前で無防備に泣くなんて、その涙を吸い取りたくなってしまう」




 ……なんだか発言が怪しい。


 エルヴィーラの涙が引っ込んだ。




「学園長先生……?」


「……ああ、すみません。私もどうやら少なからずあなたの魅了にあてられているようですね。庇護欲というんでしょうか。たまらなく抱きしめたくなっています。抱きしめても?」


「よくないです」




 手がわきわきと動いている。自制心よ、もっと仕事してほしい。




「それは残念。ですがまあ、仕方がないですね。さて、私と一緒にいるのが一番安全ですが、そういうわけにはいきませんし……魅了の祝福について調べてみます。一週間時間をください」


「一週間……」


「ええ、なにか制御ができるようなものがないか探してみます。国を傾かせた悪女として歴史に名前を刻まれたくないでしょう?」


「嫌ですよ!?」




 魅了を悪用すればそんなことも容易いらしい。


 エルヴィーラの身体に震えが走る。




「長期休暇前には片を付けましょう。あと一か月で夏季休暇ですからね」


「あの、私今すぐにでも退学したいんですが……」


「私が戻ってくる前にされるのはオススメしませんよ」




 それもそうだ。エルヴィーラは項垂れた。


 結局ジークムントの言葉に従い、一週間は様子を見ることになった。極力人と接触せず、また半径どの程度で魅了が発動するかも見極めるようにと。




(ずっと寮に引きこもっていたい……)




 だが真面目なエルヴィーラが仮病を使えるはずもなく。


 男子生徒のみならず、女子生徒からも追いかけられる受難の日々が開幕したのだった。


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