第14話 クーヘンとは?
「…………なにこれ」
翌朝席に着くなり背中をつつかれて振り向くといきなり紙を渡された。
いちばん上には題らしい大きめの文字が。また例のキレイな手書き文字だった。
〈チャリのコツ〉
頭いいくせに面倒くさがりなのがわかる。『自転車』くらい書いてよね。それにしても。
────────
チャリのコツ
・ペダルをふむ。ふみこむ。
・まっすぐの道でやる。
・速くこぐ。
・バランス、足きたえる。
・あとは「なれ」
────────
『あとは「なれ」』とな……。
なんとも彼らしいというか。っていうかバカにしないんだ。意外だな。
「おじさんと約束しちゃったし。いちおう」
「それはどうも」
バカしないでくれるのはありがたいけど、その件はできれば聞かなかったとこにしてもらえませんかね?
「おまえが付き合ってほしいなら」
「……え?」
「付き合ってもいいけど」
「え」
瞬時にいろいろな考えが脳内を巡って混乱した。一緒にドライブしたから? ママとパパに会わせたから? 共通の夢があるから? それともまたなにかにわたしを利用しようとしてる? つまりはドッキリ?
「だから、自転車練習。付き合ってもいいよ」
「…………そっ、ちだぁ」
安心と、ちょっぴりガッカリ……。え? は? ガッカリはしてないよ!?
慌てて「自分でやるから大丈夫ですっ!」ときっぱりお断りしておいた。
「それよりバウムクーヘン。翔斗くんも食べてみたんでしょ? どうだった?」
「それより〈クーヘン〉の意味は調べたの」
「え」うあ。すっかり忘れてた。
わたしの顔を見て察したらしい翔斗くんは今度こそバカにしたような目で見てくる。
「〈バウムクーヘン〉のほかには〈アプフェルクーヘン〉〈ケーゼクーヘン〉〈モーンクーヘン〉〈ヌスクーヘン〉」「ちょい待ち!」
「なに」
「なにじゃない、そっちこそいきなりなに! 呪文!?」
「呪文じゃない。簡単なドイツ語。〈アプフェル〉は〈リンゴ〉。〈ケーゼ〉は〈チーズ〉。もうわかるっしょ」
リンゴ◯◯
チーズ◯◯
切り株◯◯……。
はんはん、ほんほん……。
「…………ケーキ?」
「そ。正確には〈菓子〉って意味が近いかな。〈ケーキ〉なら〈トルテ〉」
「ふおぉ」
こうなると〈トルテ〉も気になるけどこれ以上はどんどん沼にハマりそうだから今日はこのへんにしよう。
「……で、昨日のバウムならおまえも食ったんでしょ? そっちこそどうだったの。ウマかった?」
「お、おいしかったよ、とっても」
「ならよかったじゃん」
「でも」
「でも……?」
口ごもるわたしを見て翔斗くんは少し意外そうだった。
「〈ヒマワリはちみつ〉って、わかってて食べたから、そうかも? とは思ったけど、具体的に〈ヒマワリはちみつ〉らしい味があったかと言うと……」
わたしの感想に「はは」と笑う。「意外と鋭いこと言うんだ」
「なにさそれ。バカにしないでよね?」
これでもパティシエ志望なんだからっ! ……まだ全然ヒヨっ子だけどさ。
「バカになんかしてないよ。おれもそう思ったんだ」
ほぇ、と怒りが消えてなくなる。
「父さんが言うには、そういうのはわかる人にはわかるって程度の味でいいんだって。つまりはちみつの味はそんなに重要じゃなくて。要は『目を惹くか』ってことが大事なんだって」
「……どういうこと?」
「ただの〈はちみつバウム〉だったら、べつにわざわざ隣の県まで出て買いたいと思わなかった。だけど〈ヒマワリはちみつバウム〉これなら食べてみたくなった。販売戦略なんだって」
「はんばいせんりゃく……」
また難しそうな話。
「味は最低限をクリア出来てればそれでいい。そしたらほかの菓子はどうだろうってリピーターになってもらえる。だから〈ヒマワリはちみつ〉は店を知ってもらうための入口みたいなもんなんだと」
言ってから翔斗くんはイスの背もたれに体を預けて「はーあ」と言う。なんだか悔しそうだ。
「父さんに『まんまと戦略にハマったわけね』って笑われた。くっそ悔しー。しかも昨日のあの店、父さんも行ったことあるらしい。県内のケーキ屋は全部行ったって前に聞いてたからさ、県外ならと思ったのに……くっそー」
「あ、はは」
んん。あのお父さんと張り合うのは大変だろうな。
「だからまたお願いしますっておまえの家の人に言っといて」
「えっ、なんでそうなるの!?」
「だって電車で行くのは禁止って」
「そうだけど」
「だからよろしく」
「よ、よろしくないっ」
「いつかぜってー『すげえ』って言わせてやんだから。〈鼻を明かす〉って言うんだぜ。最近憶えた」
翔斗くんの原動力って……。呆れつつ少しだけ、ほんの1滴だけ尊敬の気持ちを混ぜ込んで、わたしは微笑んだ。
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