第13話 沢口くんの夢

 パパとママは先に車の所へ向かっていて、そこにはわたししかいなかった。


「ケーキ作るのもそりゃ楽しいけどさ。一番は、届けたい。人に届ける仕事がしたい。だからこそ作り方や歴史を学んでるんだ」


「沢口くんの夢は、パティシエじゃない、ってこと?」


 とってもびっくりした。だっててっきりそうだと思い込んでいたから。


 沢口くんは驚くわたしを軽く笑って、そして少し照れた様子で「ああ」と頷く。


「あと、翔斗でいいよ」

「え?」

「呼び方」


 自分がどんな顔をしたかわからない。けど「なにその反応」ととっても笑われた。


「『ヴァンドゥーズ』っていうらしい。男だったら『ヴァンドゥール』。かっこいいっしょ」


 言葉がというより、沢口くんが、かっこよかった。……あ、いや、違くて。


「『ヴァンドゥール』……」


 夢……。

 夢を持つ人って、こんなにかっこいいんだ。


 ドッキューンって、ハートを射抜かれた。


 恋じゃない。これは、そう、『憧れ』だ。


「杏子は?」

「えっ……」


 ──パティシエになんない?


 わたしも。

 わたしだって。


「……わたしは」


 夢。今まですごくボンヤリ見ていた。

 だけどそのままじゃだめなんだ。

 ちゃんと決めて、ちゃんと向き合わなきゃ。


 趣味なんかじゃなくて。

 ただの特技じゃなくて。


 もっと、もっと勉強したい。

 誰にも負けないくらい。

 沢口くんにも負けないくらい。


 知りたい。

 やりたい。


 なりたい。


「わたしは、……パティシエになりたい」


 陽だまりの中でにっと笑ってくれたこの顔を、わたしはたぶん、一生わすれない。



 沢口くん……や、翔斗くんは天美家に帰ってからママに勧められると「では遠慮なく」と本当に遠慮なく〈こどもの日ロール〉の大きな一切れをペロリと食べていった。でも〈ヒマワリはちみつバウム〉の代金は何度「いいのに」とママが言っても聞かず小銭まできっちり支払っていった。


 抜かりないな、と密かにわたしは思う。案の定「ほんとよく出来た子」という我が家での最高評価が付いた。あーあ。


「なんだ、どうせなら昼メシも食ってけばよかったのにね?」


 すっかり手玉にとられたパパが言うとママは「『ケーキでお腹いっぱいだから』って」と言う。うん、それもたぶん好印象のための計算だろうな。


 すごい友達を持ったな、と今更思う。友達……か。いつの間に? なんだか不思議な感覚だった。だけど、なんだかすっごく、嬉しかった。



 我が家用にも買ってもらった〈ヒマワリはちみつバウム〉を夜にみんなで食べてみた。


 うん。柔らかで、ほんわり甘くて、とっても美味しい。だけど『ヒマワリはちみつ』ねえ……。普通の『はちみつ』と、どうちがう? 正直よくわからなかった。


 明日、翔斗くんに聞いてみようかな。



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