第3章 夏休みは秘密の特訓! 〈マカロン〉の意味はなに?
第15話 夏休み
マカロンってかわいい。つるんとした丸い形、ちょうどいいサイズ。いちばん好きなのはいろんな色やフレーバーがあるところ。見るだけで嬉しくなっちゃうもん。
月日は経って蝉のうるさい夏休みを迎えていた。日差しは厳しくて、〈猛暑というより酷暑〉ってテレビでも毎日騒いでいる。
そんな中わたしたちは一緒に図書館に来ていた。理由はもちろん宿題の読書感想文……なわけはなく。例によってお菓子の本を見るため。
──夏休み最初の月曜。朝9時。図書館前。
終業式の日に彼から告げられたのはそれだけ。まったく。連想ゲームのキーワードじゃないんだから。
汗を拭いながら日傘片手に歩いて到着したわたし。ふう、と目線を足元の濃い影から前へと移すと、自転車にまたがった翔斗くんが先にそこで待っていた。
「はあ、まだ乗れるようになってないのかよ」
また挨拶もなしに。もう。
「べつにいいでしょ」
ぶう、と不貞腐れた。
乗れる人には乗れない人の気持ちなんかわかんないもん。
すると翔斗くんはなにを言うでもなく汗びっしょりのわたしを軽く眺めてから「停めてくるから待ってて」と自転車置場にそのタイヤを向けた。
考えてみたら二人で来る意味ってあるのかな。着いたら結局解散して途中で会話すらしないのに。
「そういえばさ、貸出しカード持ってる?」
入口でそんなことを確認されて戸惑いながらも「持ってるよ、いちおう」と返す。
なんでそんなこと聞くのかな、と思ったら。
「ならよかった。じゃあ今日はめぼしいの借りることにして早めに切り上げよ。んでそれから特訓」
「へ。……なんの?」
訊ねながら嫌な予感しかしない。
「決まってんでしょ、自転車練習!」
げえ、やっぱり! ひいいいいいい!
「いやだよ! いいって言ったじゃん!」
「はあ? よくないっつーの。ずっとそのままのつもり?」
「それは……」
「中学んなったらチャリ通学っしょ」
「それまでには乗れるように」
「なるかよ」
「な、なるもん」
「なるかよ。今やらないやつに、『いつか』なんて来るわけない」
く……。どこの名言ですか。
「つかなんでそんなに嫌なの」
「それは……」
運動神経が壊滅的にないから。やってもやっても上達しなかったから。そして大きくなっちゃった今では、恥ずかしいから。練習することも、それを誰かに見られることも。
「言っとくけど」
不機嫌に言われたそれは、翔斗くんが初めから態度で示していたことだった。
「バカにしたり笑ったり、おれはしないよ」
耳に刺さるようだった蝉の声が、僅かに柔らかくなった気がした。
「それ……それ、なんでなの?」
だからかはわからないけど、今なら理由を聞ける気がした。
翔斗くんはいつもは自信に溢れるその表情をほんの一瞬だけ翳らせて、それからぼそりと言う。
「経験、あるから」
「……経験?」
まさか翔斗くんも自転車、最近乗れるようになったとか……? なわけないよね!?
「必死でやってんのをバカにされてムカついた経験、あるから」
え、それは、と問う暇もなく「暑い。早くなか行こ」と急かされて仕方なく話を切り上げた。
翔斗くんはいつも通り『調理・製菓』の本棚の前に一直線。すぐにめぼしい本を物色しはじめたけど、わたしは全然集中できなかった。だってこれから自転車練習するんだよ!? しかも翔斗くんとふたりで! 考えただけで気分はどん底。適当に近くの本を手にしてペラペラ眺めてみるけど、文字も写真も全然頭に入ってこなかった。
本当にこれからやるの? この暑さの中? しかもふたりきりで?
そうこうしているうちに「そろそろ出よ」と声がかかる。あわわわわ。
「ね、ねえ、やっぱいいよ。やめよ。外めっちゃ暑いし、倒れるよ」
「春は花粉」
こ、今度はなに。
「夏暑く、秋は短し冬寒し。言い訳して先延ばしにしたってだめだ」
くう。この人には口では絶対に勝てないよ。
「本気でやれば三日で乗れるようんなると思うよ」
「み、三日あ!? うそだよそんなの!」
思わず大きな声が出て慌てて口を押さえた。
「ほんとほんと。とにかく家からチャリ持ってきて」
「うう……」
「おい」
「うう……っていうか、なんでそこまでしてくれるの?」
バカにしないのはともかく。頼んでもないのにさ。少なくともわたしからは。
「ひまだから」
「はあ……?」
「まあそれもちがうか」
翔斗くんは独り言みたいにそう言うと自転車置き場から自分のものを取り出しながら少し笑って「おれもさ」と言う。
「できないこと、できるようになりたくて頑張ってんだよね、今」
キョトン、とした。
「夏休みの間に、どっちが先にできるようになるか、競走しよーぜ」
「それって、なに?」
「教えない。じゃ、30分後に南公園の時計の前に集合。チャリ忘れんなよ」
言うや自転車を駆ってすぐに点ほど小さくかすんだ。
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