第2章 甘党くんとドライブデート!? 珍しい〈バウムクーヘン〉とは?

第8話 ユウウツな後ろの人

 ──ひと月は厨房への出入り一切禁止。どんな理由でも。


 子どもだけで無断で厨房を使ったことがバレた沢口くん。お父さんが課した罰は、わたしが思うより遥かに彼にダメージを与えたみたいで。


「……はあぁぁぁぁぁぁ」


「……」


「はあぁぁぁぁぁぁ」


「……」


「はああああ!」「もう、うるさいなあ!」


 1限目が終わって休み時間になるなり後ろの席の人がうるさい。席替えがあったのはいいけどまさか沢口くんと前後だなんて。どんな運命のイタズラか。


 5月はじめの大型連休、二連休と三連休に挟まれた中飛び二日の平日の今日。家族のお休みと合わせたのか欠席の子が多くてわたしの周りのいつものメンバーも顔が揃わなかった。


 それをいいことに? かは知らないけど今日はやたらと話しかけてくる。


「さっきの漢字テスト、おまえ何点?」

「……は? 言うわけないでしょ。あと『おまえ』じゃないから」

「90より上?」

「言わないってば」

「言わないってことは下か」

「言わない!」

「ならおれの勝ち」


 大して嬉しそうでもない様子で「ふ」鼻を鳴らして再び「はあぁぁぁぁ」と大きなため息をつく。


「ねえそのため息やめてくれない? こっちまでユウウツになるよ」


「『ユウウツ』って字、書ける?」

「しらないよっ」


 振り向いて睨むと例のキレイな筆跡で机に直に書き付けていた。先生に怒られるよ?


〈憂鬱〉


「最近まさしくそうだな、と思ってちょうど昨日調べた」


「……はい?」


 彼がこんなにも荒んでいる理由はこういうことらしい。


「たったのひと月だけなら我慢できると思ったけど、その間に〈こどもの日〉も〈母の日〉もあんだよ。どんなケーキ出すのか、一年前から楽しみにしてたのにさ。『おまえには関係ない』って話すらしてくんねーんだあのジジイは。ムカつくから昼休みに先生にパソコン貸してもらってホームページ見てやろうと思ってる」


「え……ええ」


 自宅のことをホームページで知るの? っていうか執着すごすぎ。


「……はあ。うちの父さんはさ」


 すると沢口くんは頬杖をついて窓を睨みながらため息まじりに言う。


「おれにケーキ屋になってほしくないんだ」


「え……。そんなことないんじゃない?」

 自分の子どもに憧れてもらえたら、お父さんとしては嬉しいんじゃないの?


 わたしが言うと沢口くんは静かに頭を振って否定した。


「『親がそうだからって、なんで同じにすんの』って。『つまんねー奴』とまで言われた」


「つ……」


 仮にも我が子の夢をそんなふうに言っちゃうなんて。まあたしかにあのお父さんなら言いそうではある。


「だから今回みたいになんか事件があると、ここぞとばかりにおれから菓子作りを取り上げようとすんだよ」


「そ、そんな言い方は」


「なんで。そうじゃん。はー。ムカつく。ムカつくから余計勉強してやろうって気になるよ」


「ええっ……」


「今日放課後図書館行くから。おまえも来る?」

「えっ、今日!?」

「無理ならべつにいい。ひとりで行くし」

「や……いきなり言うから」

「菓子作りのレシピ本とか、専門的なのとかも案外あんだぜ。まあ興味ないならべつにいいけど」

「い、行くっ!」


 こうしてなぜか突然放課後の約束をしてしまったわけでした……!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る