CASE2 : 職場に大穴が空いていた時④

 ——————神殿主催のイベントかぁ……どういうのがいいんだろうなぁ……とりあえず後で皆に相談してみるか……


 クレメンスが上役に呼び出されたのは、イベント課と各課が組んで順々に催しをすることになった、という通達のためだった。まずは各種ギルドから始めるとのことで神殿はしばらく後になるだろうが、案を出しておくに越したことはないだろう。


 ——————ハイリオン国が実装されてゲストと接触ができるようになったら、どんな希望があるのかそれとなく探りを入れてもいいかもしれないな……


 そんなことを考えながらクレメンスが神殿の前まで戻ってくると、開発課から通信が入った。


「はい、神殿課クレメンスです」


「すみません、第三開発課のクーリーです。ノドゥさんにお話ししようと思ったのですが、手が離せないのか繋がらなかったもので……実はひとつ、言い忘れていたことがありまして……あの倉庫の中に、テストでつくった転送装置が置いてあるんです。一見、綺麗な色のただの箱なんですが、全て揃えると転送されるという仕掛けが組み込まれているものでして……なので、それは動かしたりしないようにお願いします」


 クーリーから送られてきた立体画像ホログラムを歩きながら確認すると、遊色とでもいうのだろうか。光の加減で色が変わる綺麗な箱が写っている。


「ああそうか、わかったよ。伝えてお」


 その瞬間だった。


「「あぁあああああ……!!」」


 目指していた部屋から、切羽詰まったような複数の悲鳴が上がったのは。


「どうした!?」


 クレメンスは慌てて休憩室へと駆け込んだが、返事はない。


「……遅かったか」


 部屋の真ん中には丈の高い六角形の棚が置かれ、そこに見覚えのある綺麗な箱がいくつも収められている。


 そしてさっきまで声が聞こえていたはずの四人の姿は、どこにもなくなっていた。




 *   *   *   *   *




 ノドゥは驚きすぎて、しばらく声が出なかった。


 次に、仕事をしていたつもりだったけど、実は夢の中だったのかもしれないと己を疑った。


 吹雪ふぶきだなんて、そんなことあり得るはずがない。


「……ちょ……ええ……!?」


 隣でギーチが困惑したような声を漏らしている。


 厚く積もった一面の雪。横殴りの強風が四人に吹きつけては、荒々しく雪片をぶつけてくる。そして目を丸くして這いつくばったままの視線の先には、吹雪越しにうっすら見える険しい山々。


「こ……ここどこー!!?」


 スースが全員の気持ちを代弁するように叫んだ。


 ココドコ——————……!!!

 ココドコ——————……!!

 ココドコ——————……!


 ここが山間であることを示すように、しっかりとこだまが返ってきた。正直聞きたくはなかったが。


 このワンダーリア・オンラインのテーマは〝多様性〟であり、その売りは極めて精緻に作られたであるということだ。ヒト以外にも様々な種族が存在し、たとえば寒冷地で生きている種族の設定なら寒さに強く、暑さに弱いというような、ゲーム内においての体感の違いがしっかりと作り込まれている。


 そしてこの時は、それが災いした。ノドゥとクヤは普通のヒト族で、ギーチは特定の環境補正がないベーシックなエルフだ。スースはドワーフだから他の三人よりは耐久力があるはずだが、そうは言っても限度がある。極寒の雪山向きではないはずだった。


「あぁあああ寒いー!!」


「皆、とにかく寄れ!!」


「凍え死ぬ!!なんなんですか、ここ!!」


 混乱と驚愕がおさまるにつれ、寒さを感じる歓迎できない余裕も戻ってくる。


 四人が着ている神官服は、オリーブグリーン色の生地に刺繍が施された厚手のローブで、決して薄着ではない。ないが、間違っても雪山仕様ではなかった。


 ノドゥは周りを見回したが、都合よく洞窟があるわけもなく、完全に吹きさらし状態である。四人でおしくらまんじゅうよろしくくっつき合ったところで、防ぎきれるようなレベルの寒さではない。


「とにかく落ち着こう、皆。実際に身体が寒さにさらされているわけではないからね」


「それはそうなんですけど……ただその……プラセボ効果とかあるじゃないですか……」


 どこか不安げな目をして、ギーチが呟いた。


 プラセボというのは、偽薬のことだ。偽の薬を与えても、当人が効き目があると思い込むことで、病気の症状が改善することがある。平たくいうと、思い込みには強い力があるということだった。


「……確かにそうなんだよね」


 ノドゥも今まさにそのことを考えていたところだ。


 ましてや五感が連動し、寒さを感じているこの状態で「いや、やばいくらい寒かったとしても絶対に死なないから」という理性による太刀打ちが、どれだけきくのか正直よくわからない。


「通信は」


「駄目ですね、繋がりません」


 スースが泣きそうな顔で呟く。


「じゃあログアウトは」


「できないみたいだ」


 クヤが首を振った。


「ここは正式にリリースしている部分じゃなさそうなんで、仕様が違うというか、まだ色々な連動がちゃんと行われていないんだと思います……たぶん外から操作するしかないんですよ……」


 寒さで歯をガチガチさせながら、ギーチが言う。


「とにかくまずかまくらというか、風を防ぐ壁を作ろう。話はそれからだ」


 クヤの先導で、皆で必死になって即席のシェルターを作った。


 しばらくして出来上がったその空間に、四人でぎゅうぎゅうに収まってようやくひと息つく。直接風に晒されないだけでも、まだだいぶマシだ。


「クレメンス大神官が戻って来て、異変に気づいてくれることを祈るしかないな」


 ため息まじりにクヤが呟くと、ギーチがぼそっと提案した。


「……これは希望的観測でしかないですけど……もしかしたら叫んでいれば、管理システムのAIが異変を察知して動いてくれる可能性も……なくはないかもしれません」


「……確かに」


「人がいないはずのとこで声がするって、異常に気づいてくれるかも」


 とにかくやれることは全部やっておこうと四人は頷き合い、そして順々に声を張り上げ始める。


「クレメンス大神官ー!!」


「助けてくださいー!!」


「神殿に戻してぇええ……!!」


「よくわからない雪山に飛ばされてますー!!」


「助けてくれー!!」


「雪山の山頂近くにいますー!!」


「どうせ飛ばされるなら南国リゾートがよかったよぉぉおおおー!!」


「温泉地でも可ー!!」


「温泉!温泉!!」


「ご馳走!ご馳走!!」


「なーべ!なーべ!!」


「伊勢海老!伊勢海老!!」


熱燗あつかん!熱燗!!」


 途中から欲望の連想ゲームと化したやけくその雄叫びは、慌てふためいたクーリーがシステムに要請して四人が強制ログアウトされるまで、猛吹雪の中に響き渡っていたのだった。




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 ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。


 普段は心理的な部分ですとか、人物の変化や策謀なんかをもだもだ考えながら書いてるタイプなのですが、たまに「書きたい!だけど今は何も考えたくない…!」という時があったりして、そんな時に考えたお話になります。


 この物語については今後も不定期更新で、一貫してあまり深く考えず呑気な感じで進む予定です。


 ちょっとした気晴らしや、何も考えたくない時にでもお読みいただけると幸いです。


 多少息抜きになったよ、悪くなかったよ、という時には、ぜひお星さまを連打していただけますと、画面の向こうで私が大喜びします^ ^


 もし他の作品にも興味を持っていただけたりした時には、さらに踊って喜びますw


 ではまた、次の物語でお会いできることを祈りつつ……

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