CASE2 : 職場に大穴が空いていた時③

「おお、こういうのを見ると、まさしくゲームだと実感するな」


 部屋の奥の壁に突然扉が現れたのを見て、クレメンスが笑う。


「それではご開帳で〜す!」


 スースが元気よく開けると、そこには礼拝堂よりもはるかに広い空間が広がっていた。


「色々ありますねぇ」


 ギーチがいそいそとスースに続き、神殿らしいものを求めて各々が倉庫内に散っていく。休憩室であるのでソファなども必要だったが、まず何よりも部屋の真ん中をでかでかと占拠している、あの穴を塞げるものを見つけなければならない。


「あっ、これとかどうだろ」


 クヤがそう言っているのが聞こえたため、ノドゥは棚を回ってそちらへ向かった。彼の前には、真っ白な石で作られた髪の長い女性の像がある。台座も穴をおおえるくらいの幅があった。


「ああ、良いね。何かしらの女神様ってことにしておけば、より神殿らしくなるし……」


 頷きながら像の裏に回ったところで、ノドゥは思わず目を丸くする。


「と思ったら……作りかけ……いや、壁際に設置する仕様なのかも……裏がめちゃくちゃ直線的になってる」


「あっ、本当だ。神殿らしくてぴったりだと思ったんだけどなぁ……苦肉の策だけど、木箱とかを並べて裏に回れないようにするのは?」


「それだとちょっと露骨かもしれないね……なにせほら、位置が位置だから。部屋の半分木箱とか謎の荷物が置いてあると、ゲスト様は確実に首を傾げそうじゃない?」


「だよなぁ」


 女性像を前に二人で相談していると、散っていた面々が集まってきた。


「惜しいな。これが置けたら万事一気に解決だったのに」


 クレメンスが残念そうに像を見つめている。


「向こうにもいい感じのものはいくつかあったんですけど、いかんせんどれも小さいんですよね。台座より部屋の穴の方が大きくて」


 ギーチがそうため息をついた。


 全員で倉庫中を探し回ったものの、そもそもあの大穴を塞げるサイズのものがなかなか見当たらない。


「……じゃあもう仕方がない。このおっさんの像を、神殿のいしずえかなんかをつくった賢者ということにして置いておこう」


 クレメンスが眉を八の字にしながら、薄灰色の石像を示す。


「……いや賢者って……控え目に見積もっても博打ばくちで遊んでる人にしか見えないんですが」


 ギーチの言う通り、おっさん像は表情こそきりっとしているが、腰を下ろした彼の側にはコインが積まれ、その手にはカードらしきものが握られている。


 そもそもなぜギャンブルに勤しんでいる像をわざわざつくったのかが、大いなる謎だった。そのうちカジノを導入する予定でもあるのだろうか。


「まぁほら、いにしえから遊び人と賢者は紙一重ということになっているからな。若かりし頃の賢者、ということで」


「どこの竜のクエストの話ですか」


「この際仕方がないさ。とにかく今は穴を塞ぐために置いて、後で上にお伺いを立てるから。もし上から却下されたら、その時は責任持って第三開発課に新しい像をつくってもらおう」


 クレメンスは言いながら像に手をかけた。


「よしじゃあ、とりあえずこれを運び出すぞ、野郎ども」


 ノドゥとクヤとギーチがそれぞれの面に取りついて準備する。


「せーの!……いや、四人がかりでもびくともしないってどういうこと」


 クヤが首を傾げた。確かに、重いとかそんなレベルではなく、床に張り付いていて一ミリも持ち上がる気がしない、という感じだ。


「えー、嫌な予感……ゲストに勝手に物を動かされないための超重量設定は、倉庫に入れる時に解除しておく決まりになってるはずだが……」


 クレメンスがうめきながら、投影型の制御盤コンソールを起動した。ひょいひょいと管理ページを開いて何かを確認し、それから頬を掻く。


「ああ、やっぱり。重量設定が一トンのままだ。倉庫に入れる時に、解除し忘れたんだな。弱ったなぁ……これ、開発課の管理権限持ちじゃないと解除できないんだよ」


 解除を依頼しようにも、今第三開発課をはじめとするバック部門は間違いなく阿鼻叫喚の状態だろう。実はノドゥはさっきから折を見て何度も通信を鳴らしていたが、ずっと通話中のままだった。


 ため息をつきながらクレメンスが通信要請をしたが、やはり繋がらないらしい。


「……仕方がないな。他を探しておこう」


 そうして面々は再び探し物に励むこととなった。


 何かいいものがないかとクヤと共にきょろきょろしながら歩いていると、ギーチとスースが何やら笑っている声が聞こえてくる。


「なにか良いのあった?」


 そう顔を出すと、スースがくすくす笑いながら自分の周りの什器を指し示した。


「ノドゥさん、クヤさん、見てくださいこれ!石像に、ソファとかテーブルもあって、休憩室らしいラインナップが揃ってるんです!もういっそこれにしちゃいません?」


「……まとまりはあるね」


「……ああ、テイストはしっかり統一されてるな」


 ただし、まさしく〝邪悪シリーズ〟とでも銘打ちたくなるような見てくれだ。デザインは刺々しく、色は毒々しく、完全にボスダンジョンの装いだった。なんなら座ったら呪われそうである。


「もう改宗にしましょうよ、改宗。今日から僕らは悪魔教徒です」


 どこか投げやりに、ギーチが言った。どうやら疲れてきているようだ。


「すまん、ちょっと呼ばれたから出てくるな。すぐ戻るから」


 クレメンスがひょいと顔を出してから、倉庫から出ていく。管理職は他の課との交渉事や様々な調整などが頻繁に生じるため、かなり忙しいのだ。


「しかしどうしたもんかなぁ」


「あの穴が厄介なんだよねぇ」


 クヤとノドゥがそう言い交わしていると、スースが何かを抱えて戻ってきた。その腕の中にはオーロラ色に輝くひと抱えほどある大きな箱が、いくつか積み上がっている。


「あの、そこにある白い六角形の飾り棚みたいなのに、このキラキラした箱をのせて、オブジェを装う感じでどうでしょうか」


 スースが実際にその箱を棚に載せてみると、色といい雰囲気といい、かなりしっくりくる。


「いいねこれ!」


「ナイスアイディア!」


「ありですね、これなら。癒しの箱的な雰囲気でいいと思います。さっきの悪魔セットよりよほど神殿らしいですし」


 スースの後から現れたギーチも、うんうん頷いて同意している。


 幸いにも白い六角の棚はちゃんと超重量設定は解除されていて、一人でも持ち出せる重さになっていた。動線確保のためにクヤが大きな家具をどかし、ノドゥが部屋の方へと白い六角棚を運び込む。


「あ、通信……後で折り返そう」


 ふいに受信音が鳴ったが、棚の位置を調整している最中だったため一旦無視した。


「もう少し右です、あとちょっと、もう少し……オッケーです!」


 かなり丈の高い棚であるためノドゥ自身には全く見通しがきかず、後ろから箱と一緒にちょこちょこ歩いてきたスースの声を頼りに配置する。棚は穴よりもひと回り大きく、実にちょうどいい塩梅に隠蔽いんぺいすることができた。


「あ、同じ箱がこっちの棚にもあるな。スース、箱もっといるか?」


 倉庫からクヤの声が飛んでくる。


「あるなら欲しいです!」


「オッケー、持っていくわ。よいしょ……ギーチ、残り頼むな」


「はーい。……でも、なんでこんなにバラバラに置いてあるんでしょうね。同じところに置いた方が管理しやすいのに」


 ギーチが不思議そうに言っているのが聞こえた。


「うん?スペースの空き的な問題だったのかもな。あとは、片付けた奴がズボラだったのかも。俺みたいに!」


 クヤが笑いながら倉庫から出てくる。


 運び出してきた箱をバランスを見ながら棚に配置して、ようやく穴塞ぎは完了した。


「できたー!!」


「うん、突貫工事の割にかなりいい出来だね」


「あとはこの棚と相性が良い色のソファとかがあればばっちりです」


 達成感と共に皆とハイタッチをしたノドゥは、棚の色味をよく確認しようと振り返り——————そして気づいた。


 箱が、なにやら妖しく発光し始めていることに。

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