CASE3: にゃんこinワンダーランドな時①

 鳴神和なるかみのどかこと、ノドゥが属するハイリオン国がワンダーリア・オンラインに実装され、そろそろ二ヶ月が経とうとしていた。ようやく日々の流れに慣れてきたところだ。


「ええと……午前中は外勤、午後は内勤で、特に変更はなしと」


 仕事前の身支度を整えたノドゥは、神殿課スタッフ・ルームにログインし今日の業務指示を確認していた。


 仕事の性質上、満員電車での通勤というわずらわしさはない。しかし代わりに、その日の業務内容によって——————ハイリオン国の神殿か、メタバース内の社屋か、あるいは別のフィールドか——————ログイン先が変わるというまぎらわしさはあった。


 急なシフト変更があってもそれに気づかず違う場所に出社してしまう、という混乱が現場でいくらか生じたようで、今はスタッフはまず最初に各課のスタッフ・ルームにログインして最新の業務指示を確認してから業務に入る決まりになっている。


「あ、ノドゥさんお疲れ様ですー。今日は疲れちゃいましたよ、もぅ」


 通称夜班と呼ばれる夜勤担当スタッフの手越このみが、ため息をつきながら歩み寄ってくる。ツインテールの薄ピンク色の髪が、動きに合わせて揺れた。


「テココさん、お疲れ様です。何かあったんですか?」


「あのー、多人数討伐に参加してたゲスト様がですね。たぶん、お酒が入ってたんだと思うんですけど、神殿内で喧嘩になっちゃいましてぇ……」


 これは深夜帯あるあるなのかもしれないが、酒を摂取した後にゲームを楽しむ人も一定数いるらしい。


「まぁあくまでも殴り合いじゃなくて

口論の範囲ではあったんで、そこまではいいんですけど……でも色々あった末に、キレたウメッスちゃんがスタッフモードを解除して、全員戦闘不能にしてお引き取り願っちゃって」


「……あらら」


 ウメッスというのはテココと同じ夜班のスタッフで、長谷ちょうや由香里ゆかりという女性だ。顔合わせの時には物腰柔らかで大人しそうに見えていたのだが、意外にも瞬間湯沸かし器のような気質があるらしく、その猛虎のごとき対応を耳にしたのは初めてではなかった。


「まぁ大騒ぎされて、私たちも他のゲスト様も大迷惑だったのは事実なので、個人的にはウメッスの対応を支持したいところなんですけど……でも、その後当然ウメッスはお説教の上謹慎、説教が終わるまではリクルド大神官も業務から外れて欠員が二人……そんな時に限って治療希望者が殺到して、えらいことに……タケさんがいなかったら、私逃げ出してたかもしれません」


 話に上がったタケというスタッフとノドゥはまだ直接会ったことはなかったが、無骨そうな雰囲気とは裏腹に、非常に細やかな心遣いができて仕事が早いという評判を聞いたことがあった。


「本当に大変でしたね……帰ったらよく休んでくださいね、テココさん」


「はい。今日は思いきり自分を甘やかして、脂マシマシ豚骨ラーメンと朝パフェで自分をねぎらってから寝ようと思います」


 彼女は目のくりくりした可愛らしい顔でキリッとそう宣言すると、じゃあお先失礼します、という言葉を残して姿を消した。


 ——————脂マシマシにパフェかぁ……


 既に普通の豚骨ラーメンですら胸焼けを感じるようになっているノドゥとしては、なんともまぶしい若かりし食欲だった。


「……おっと、あと三分だ」


 業務開始時刻が迫っていることに気づいたノドゥは、急いで制御盤コンソールを操作する。担当は外勤Bとなっていたため、ノドゥはスタッフモード専用の転送システムから街の南門を選択し、午前中の仕事場へと向かった。

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