第532話 BARのふたり

大乱闘!スマッシュ松方家ブラザーズ!って感じの喧騒は終わり、解散の時間と相成りました。

ひーちゃんが居たらけんかはよくないよ!って言ってまわるだろうね。

うちの弟まじ天使。


香椎家も優奈さんの後継者宣言で話す事色々みたいで俺は所用で別行動する旨を説明して香椎家の面々に挨拶して最上階、15階のラウンジ?BARのある所へ向かったんだ。



☆ ☆ ☆

最上階はまた高そうなレストランとバーがある。

俺入れんのかな?ちょっときょどりつつ中に入り松方で予約って言うとすぐに奥へ通された。スーツ着てるからかな?

店内は薄暗くマスターさんの居るカウンターと外の夜景が楽しめるガラス張りの個室みたいな仕切りスペース。

仕切りスペースは圧倒的に男女が多い。

…夜景綺麗だな。


仕切りスペースで松ちゃんは飲んでいた。

珍しい。

飲むより食う方が好きで、ビールよりコーラが好きな大人なはず。


『…おう、来たか。』


『…うん。大変…だったね?』


大変の一言で済ませていいものなのかどうか。

狂乱の婚約解消となった両家の惨状。


『あっち(香椎家)はどう?喜んでた?』


『あー…喜んでたけど…。』


優奈さんの後継者名乗りあげた件で松ちゃん大笑い!

あっちは後継者出来てこっちは後継者が逃げ出した!


一通り笑ったあと、松ちゃんは語り出す。

社長業に興味が無いこと、家族の歪み。

大人になったから全部人のせいにする訳じゃ無い。でもパパはやり過ぎた。


俺は黙って聞く。

聞くに徹する。


葛藤があったろう、迷って苦しんで悲喜交々。


ママの気持ち、兄貴の気持ち、パパの気持ち。

…そして俺の気持ち。

松方家は解散するべきなんだよ。


松ちゃんはそう呟く。

立花家みたいに身を寄せ合い、毎日色んな事を共有して幸せを感じる家族も居れば離れる事を選ぶ家族もある。


松ちゃんはさらに語る。

新一さんはこれから退社後、そのリストラにあった人達と会社を立ち上げる。

ビシビシに松方グループと争う事になるだろうけど社員一人一人に目にもの見せる!って気概があれば勝負出来るって。

…新一さんと松ちゃんが一族に自分たちが抜ける事はリークしていた。

…誰もその情報を松方パパにそれを流さなかった。コレが松方グループの現状。


新一さんと松ちゃんが居なくなって空いたポジションに我が!我も!と殺到して潰し合うと思うって新一さんの予想は今日の会合見てもわかるけど正しそう。

松方パパに付く者、この機会に独立する者、我こそは松方の正当な後継!みたいな人も出てきて大変になるだろうし、パワハラ、セクハラその他諸々今まで強権で黙らせてた人も声を挙げる!

身内同士で噛み合い、他所からのバッシンング、集団訴訟、自身の離婚問題と松方パパ包囲網が形成される。

あれでも有能な男だからそれ位しないと抑えられないって。


松ちゃんの話はひと段落。

静寂が支配する場の空気。


2人で夜景を見ながら、俺はアイスティ、松ちゃんはビールを啜る。

不快じゃ無い。

沈黙でも気にならないほど俺は松ちゃんと馴染んでるんだなぁって不思議な感覚。


『…夜景ロマンチックだね。』


俺の呟き、松ちゃんも色々語り過ぎて恥ずかそうだから空気を変えよう。

松ちゃんは眉を顰めて、


『…きっも。

それ女の子と居る時に言うセリフだぞ?

男ふたりで飲んでる時に言うセリフじゃねーの。』


クスクス笑って松ちゃんはこれだから童貞は…って呟いた。

松ちゃんめぇ…!


『やっぱイチカに童貞奪って貰えば良かったか?』


イチカさん!俺!こないだカフェで!

その話で松ちゃん大笑い!

笑い終わると松ちゃんは真面目な顔して、


『イチカとは別れる。

…イチカだけじゃ無い、愛人とは別れて俺も引っ越す。』


『そうなの?』


『もう松方グループの若社長って肩書は無くなる。

給与だって出ない。

…彼女たちにはまとまったお金渡して綺麗にバイバイするさ。

元々愛人契約なんてそんなものだしな。』


…あのイチカさんを…

あんなに陽気でセクシーでめっちゃ気にいってたのに?

愛人契約…。


金持ちで肩書きあってこその愛人でコレからはぷーだからな?


俺ニート!弟バイト!父ヘイト!って575で韻を踏んで笑っていた。

なんだろう…風体からはニートって言われてもなんら疑問の無いわがまま太った引きこもり男には見える。

もちろん俺の兄貴はそんな男じゃなかった事は証明されたわけだけども。



『それでな?俺コレから忙しくなる。

多少とは言え仕事の引き継ぎ、愛人の清算、俺の引越し、ママの離婚と転居の手伝い、その他諸々忙殺される事になる。

…多分、次に会うとしばらく会えなくなるだろう…スマホもコレ解約するし。』


『え?なんで?』


俺の疑問に松ちゃんは苦笑いしながら色々あるんだよ。

松方グループに養って貰ってたからな?そのしがらみを断ち切るからにはその辺りはキチンと。って。



『…でも!温室育ちでワガママ放題に育った松ちゃんが世間の荒波に揉まれて大丈夫?

働かないとお金が…!』


俺の脳裏にお腹を空かせて泣いてる松方新二(27)の哀れな姿が…!

俺はつづける!ダメ!のたれ死にしちゃう!俺の提案!


『俺んち!俺ん家来なよ!

昔の家だからスペースだけはあるし!

就職探したり色々整うまでうちに来なよ!』


『…お前が俺を社会不適合者だって思ってるって事だけは伝わった…!

まぁありがとな。

でもうちの関係者が接触してきたり面倒な事になると思うんだわ。

だっけ大丈夫。』


俺は食い下がる、


『母さんには俺が面倒見るって言えば大丈夫だから!』


『捨て犬拾った子供ムーブじゃ無ぇか?』


なんか誤解があるなって呟くと松ちゃんは説明し始める。


『まず、俺には金がある。

爺ちゃんから代襲相続した金、社会人になってからの給料、諸々遺産関係の不動産所得でざっと…。』


はぁ?はあぁ?!

心配して損した!

億万長者じゃん!



『それに土地、マンション…大声で言えない隠し資産や暗号資産…。』


すっご!引くわぁ!


詳しく話そうとする松ちゃんを俺は止める!

わかった!わかったから!

多分コレは知らない方がいいやつ…!


『でも肩書と安定収入は無くなる。

だっけ愛人は…寂しいけど契約解除。

もちろん彼女たちが困らないようにまとまったお金渡してな。』


さっき聞いた件だね…。


『それでな、あの日俺は死んだ。

だからコレからは『ただの松方新二』として生きていく。

普通の27歳、普通の男。

なに、ダメだったらこの資産で死ぬまでぬるま湯引き篭もりで一生を終えるだけよ…。』


寂しそうに呟くけどさっきのお金の話で全く心配する気が失せる。

…でもなんだろう、この不安。



『松ちゃん…死なないよね?』


『死なない、お前に救って貰った命だもん。

俺は俺の為に生きる!

でも今までの自分勝手に拗ねてって意味じゃ無い。

自分がやりたいこと…そう、夢を持ちたいって思うんだ。


…だっけ…多分次に会った時でしばしの別れになると思う。』


はっと息を飲む。

松ちゃんそこまでの覚悟…。

どこか遠くへ行くのか?

もう会えないの?


松ちゃんは笑った。



新二『来週修学旅行?じゃ来週の日曜日あたり家行くわ。

渡すものあるんだ、香椎家に届けてくれない?』


それは何か決めた男の顔していて…。

俺が何か言って止めて良いものじゃ無いって事だけはわかった。


松ちゃんは最後にニカって笑って、


新二『…承が酒飲める年になったら…またここで会って酒飲もう。

あの時あぁだったなぁって語り合いながら…きっと楽しいだろうな。』


『…約束だよ?松ちゃん。』


もうちょっとだけ飲んでくわ。松ちゃんはそう言って俺を帰した。

…俺はまだ子どもなんだ。そう痛感した夜だった。

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