第520話 俺は兄貴分 side松方新二

…お前は何を言ってるんだ?

今日溺れかけた俺を助けたのは承で、その承が夜中やって来て急にカミングアウトしたのは…婚約拒否に応じない俺を…自分もろとも海に沈める計画…。


承は最近傍目に見てもヤられていた。

…俺が賭けを反故にしたからだ。

『美味い』って言わせたら玲奈さんとの婚約破棄に応じてやる!

なんてグルメ漫画に影響されたおっさんみたいな事を言って俺はあの日、目の回るような忙しさの俺カレで働き、動き回り、俺のカレーを鶴田さんや玲奈さんにも美味しいって言って貰って…やっと終わって出た賄いが景虎のおっさんの必殺料理スペシャリテハンバーグカレーの【雪月花】。

あれうまい…!

だけど…俺はその約束をなんやかんや理由を付けて反故にした。



…それに応じたら…きっと…承はもう俺の事なんて必要としなくなる。

そう考えた。

…だったら引っ張って引っ張ってしょうがねぇなぁって恩着せて、一生お前は俺の弟だぞ?って誓いを了承させて…

そんな風に考えていたんだ。


俺と承の約束ってモノに対する考え方が違うのに気付くのはすぐだった。

無言だけど承は意気消沈しているのがわかる。

声には出さないけど悩んで悩んで悩み抜いているのがわかる。

…だから承から海に釣りに行く話が出た時は罪悪感もあったしすぐ了承したんだ。


…それが…こんな。

俺の感謝に耐えられないと。

自分はそんな人間じゃ無いって頭を下げる承。

助けてくれたのも本当なら…心中しようとしたのも本当。


俺は怖さも感じつつ俺の『弟』はこんな武将みたいな奴だって事に今更思い至る。

しかも…ヒントが武将エピソードって(笑)


目の前の承が俯き加減に懺悔する姿を見て俺はおかしくなっちゃう。

だってそうだろ?

こいつバカでしょ?

好きな娘の為に命かけるって本当にやる奴居る?

生まれた時は違えど死ぬ時は一緒って誓い守ろうとする奴居る?

罪悪感と今後の俺との付き合いを続ける為バカ正直…ただのばかなのかも知れないが正直に言っちゃう?


今まで俺の側に居た奴は多かれ少なかれ俺を利用することを考えていた。

…まあ実家が太いからな。

それはそれはそうだろ。

でも承は玲奈さんの為って前提ではあるけど真心から俺に接してくれた。

今までそんな奴は居なくって…俺は気付けば玲奈さんよりずっと承が大事になっていた。


なんだろう、この気持ち。

俺はずっと人に深く踏み込んで来なかった。

だからこそ感じる、きっと承は言葉どおり、俺を兄貴と慕ってくれている。

本当本気で俺に相対していてそこに嘘は無い。


承が居ると嬉しくなったり楽しくなったりワクワクしたり…もちろん俺はホモじゃ無い。

…唐突に以前承が言ってた事の意味がわかる。

痛感すると言っていい。

471話 惚れるということ 参照

https://kakuyomu.jp/works/16817330656200078233/episodes/16818093084687843259


俺はもう承に惚れていた。

惚れる、惚れすぎる…!


承がその時言ったこと、


死んでやらねばならん。

信じなきゃ信じて貰えない。


好きな子為に本当に命かける奴って居る?

見捨てれば好きな子助けられるのに俺を助ける為に命賭ける奴居る?

俺は感動すら覚えてる。

今日死にかけたのに。


死にかけた時に思ったこともそうだった。

俺には本物の繋がりが無いし、やりたいことをやっていないと。

…まぁ『やりたいこと』は一旦棚上げする。



信じなきゃ信じて貰えない…。


罪悪感バリバリの承に語らせる。

いかに承が玲奈さんを好きになったかを。

承はごねるけど俺は今日の件を引き合いに無理強いする。

それでチャラだろ。


それは長い長い話し。

承の小学生時代から中学生、高校2年の今に至るまでの物語。

上手くまとまって無いから長い!

さしずめってとこだろ。

…自分を陰キャって言うけど…女の子イベント多く無い?


それを聞きながら夜はふけていく。

こんなに人の話しを聞いたのは初めてかも知れないくらい。

…好きだから興味ある、好きだから理解したいって思う。

日付がそろそろ変わろうか?って頃その話しのヒロインがやってきた。

香椎玲奈17歳。承の憧れの女の子。

綺麗で可愛くて声真似以外はなんでも出来る『完璧女子』

承にはわがまま言っちゃう俺の『婚約者(仮仮…。』にして鶴田さんの前では俺の『義妹』。


承『なぜこの時間に玲奈さんが松ちゃんのマンションに…?

…やっぱりそういう関係…!』


『…ちげーよ。』


俺は慌てて承に言う。

…コイツなんか変な想像して傷付いてる…。


『悪いようにはしないからそこの風呂場で隠れて聞いてろ?』


…さっきの承の話し聞いて思う。

このふたり似てないようで妙に似てるところがある。

多分承と同じ…気をつけないと大惨事なんじゃね?って思った。


☆ ☆ ☆

玲奈さんは昼間と同じ格好。

俯き加減の暗い雰囲気を漂わせて今まで聞いたことのないトーンで夜分の訪問を謝った。

…今まで見たことの無い闇。そう感じる。

こっわ!


玲奈さんは単刀直入本題から入った。


玲奈『…夜分に伺って急な話しで申し訳ないのですが…

私との婚約…早急に破棄して頂けませんでしょうか…?』


一応聞いてみる、


『…今弁護士通してその協議中だよね?

まあゴネてるのはうちだけど。』


ブワって闇が濃くなる…!

あんなに明るく朗らか、社交性に富んで見る者を魅了する玲奈さんとは思えない無表情でまったく俺の言葉を意にかいする事も無く、


玲奈『…そこを推してお願いしているんです。

お願いします。』


その表情は殺気混じりの凄惨な表情。

だけど目を離せない美しさがある。


『…それはまぁそれとして…

こんな時間に男の家に来るって…だって思われちゃうよ?

まして婚約者同士だし?

男の家にこんな終電終わった時間に上がり込んでナニされても文句言えないぞ?』


風呂場で聞いてる承を揶揄ってやろうと思って俺の呟きに玲奈さんは持参したトートバックをひっくり返す。


ばらばらって音を立てて落ちる料理本、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ…


玲奈さんは凄惨な表情のまま、ニコっと笑うと、


玲奈『…私が無理を言ったから…

承くんが無理しちゃう。

死ぬほど好きって言ってくれた時は嬉しかったな…♡

…でも…本当に死ぬ気のおバカさんって居ます?』


『…居ないな。断言出来る。』


俺は包丁から目が離せない…!

さっき単刀直入って言ったけど訂正。

短刀を直入されちゃう!


そしておもむろに玲奈さんは自分の衣服を破る?!

薄いピンクのブラが見える。

なにこの娘怖い?!

玲奈さんは歌を口ずさむように、


玲奈『…私のせいで承くんが死んじゃう…それだけは絶対いや。

それなら自分でするしかないっ!』


そのが怖すぎる…!

玲奈さんは黒々とした瞳で俺を見つめながら、


玲奈『…だから婚約破棄してくれないなら…

私…暴行されかけたってダイイングメッセージ書いて、きっちり新二さんに致命傷になる場所刺して私も死ぬ…!

今回はたまたま助かった…でもきっと次は…承くんが死んじゃう…!』


こわ!こっわ!!

承!お前の好きな娘こっわ!!

そしてやっぱお前に似てるとこある!


内心の動揺を抑えて、俺は玄関横の風呂場の戸を開けて承を引っ張り出す。

承は呆然としている…!


玲奈『…?

承くん…?承くん?!

違う!違うの!!』


『…違わないだろ…。』


深夜0時を回った頃、我が家では呆然承と違うの!を連呼する玲奈さん。

今日一日色々あって疲れ切った3人が頭回らない状態で三すくみ。


俺の心はもう決まっていた。


『…お前らふたりして同じ事ようなこと考えるのな…。

…承、玲奈さん送って行ってやれ。』


承『ふぇ?』


承は惚けたを顔している。

よくわかったよ、お前たちがいかにお互いを思い合ってるか。

…ちょっと普通じゃ無いけども。


『…もうよくわかった。

お前の気持ちも玲奈さんの気持ちも。

悪いようにはしない。

…魔法の解けたシンデレラを家まで送ってやれ。』


承は多分頭が回っていないんだろうな…。


承『シンデレラ?魔法?

松ちゃんソレはどうゆう事だってばよ?』


『…。』


芝居がかかった気取った物言いを理解してない承に聞き返される!

止めて!はずかしい!


玲奈さんはハッとした顔で俺を見る。

こっちは物分かりが良いんだよな…。

承を見て、玲奈さんの目線を向ける。


『約束する。悪いようにはしない。

承と玲奈さんは弟分と義妹…もし…そうなったら…仲人はどっちにとっても兄の俺だよな?』


玲奈さんはパッと顔を輝かせ頬を赤く染め目を潤ませると俺にもう頭を下げた。

承は逆に訝しげな顔で、


承『…つまりどうゆう事?』


…承…お前いつか刺されるぞ?

もう寝るわ!

そう言って俺はふたりを部屋から追い出す。

…俺はすぐに寝てしまう。

俺は今日死んだ。

明日からは本当にやりたいことをしようって思った。


その日見た夢はあの映画撮影の舞台で俺は承のタメで同じグループに居て、あの親友たちと承を玲奈さんとくっつけよう!って盛り上がる夢。


そして目覚めて思う。

俺は昨日死んだ。

だったらやっぱり好きな事、したい事、叶わないなりに自分の理想を追い求めてみたいって思ったんだ。

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