第513話 全てを捧ぐ

そして夜が明けた。

いつの間にか眠っていた俺。


ひー『あさごはん♪あさごはん♪』

望『しゃーけ♪糠漬け♪たまご焼き♪』


時々ある寝ている俺の周りをふたりが踊ってぐるぐる回るやつ。

ひーちゃんはニッコニコ、望は思案顔。

いつもは落ち着かなくってすぐ起き出してしまうんだけど…

今日はいつまでも見ていたい。


ひー『ありぇ?にいちゃんおきないね?』

望『…輪をせばめるよ?ひーちゃん♪』


望とひーちゃんは阿波踊りみたいな踊り方で俺ギリギリを攻める!

いった!踏まれた!


望『えへへ♪失敗失敗♪踏んじゃった!

…怒らないね?』


『…まぁな。おいで。』


望とひーちゃんを撫で撫でして、俺は一階に降りて朝食を摂る。

…最期の。


☆ ☆ ☆

『うっま!今日の糠漬けめっちゃ美味い!たまご焼きもジューシー!』


母『まぁ♪今日はご機嫌ね?』


まさか!逆だよ!

そんな事言えるわけがない。


俺はいつもの朝食、世界で1番愛のこもった朝食を味わいながら朝からおかわりまでしてたいらげる。


『…ほい。』


望『糠漬けじゃないよ。』


俺をジッと見てる望に糠漬けを取ってあげる。

違うって言いつつ取り分ける妹。

ご飯に集中出来ないからこっち見んな。


…美味しかったな。

食べ終わるのが勿体なくって終盤のそのそ食ってると祖父も祖母が揶揄う。

良いでしょ!

最後に手を合わせて、


『…ごちそうさまでした。

本当に…本当に美味しかった。』


父『大げさだなぁ。』


家族はみんな優しく笑った。

…俺は泣きそうだった。


☆ ☆ ☆

ひー『え?!にいちゃんこれからしんじくんとつりにいくのー?!』


望『…へー。』


『そうなんだよ。

…良い子にしてるんだよ…。』


思いを込めて俺は言う。

もっと言いたい事はある。

伝えたい思い、感謝、詫び。

でも、俺がそれを言う事は許されない。


最低な兄だ。

謝る事すら烏滸がましい。

それでも…!


『…望もひーちゃんも…がんばれ…。』


ちょっとおかしいコメントだったかも知れない。

でも、どうしても言いたかった。


『がんばれ』

その言葉は陳腐でありふれた激励の言葉。

でも、人は応援する時必ずその言葉を唱える。

いっぱい言いたい事があって、伝えたくてでも手短に…。

人はその『がんばれ』って言葉に万感の思いを込める。


ひー『ぼくも!ぼくもつれていって!ねえおねがいだよぉ!』


ひーちゃんが珍しくゴネてる!

俺は望に助けてって目線を送る。


望『しょうがないなぁ。』


望がひーちゃんに耳打ちすると…



ひー『しゅごい!わかった!

にいちゃんいってらっしゃーい♪』


ひーちゃんニコニコ!

何言ったの?気になるけど…俺がそれを知ることは無いのだろうな。


俺は待ち合わせ時間まで身支度をする。

もう大体済んでいる。

…机の中や本棚など不自然じゃ無い程度に掃除して整理もしてある。


…えっちい本も…えろDVDも泣く泣く処分した。

スマホだって…えっちい写真や動画…検索サイト、ブックマーク、履歴を消してある…。

お気に入りの女優さん…青井が…


青井『…なんか香椎が3日徹夜してDV受けた後みたいな顔の女だな…。』


ひどくね?


でも…思いつく!

俺に香椎玲奈の痕跡があってはいけない。

急いでスマホをチェックする。

意外とあってそれが悲しい。

…血涙を流しながられいにゃのセクシー可愛い写真を消す。

初めての植物園の時にこっそり撮った…ポニーテールでノースリーブミニワンピニット(順番あってるのかな?)を消す時も苦しい!

アイドル推し引退する人ってこんな気持ちなのかな…。


俺は泣きそうになりながら写真を消した…。

こんなことあったな…あの時ドキドキしたっけな…。

玲奈さんの写真を消すのって…辛い…。

去年のGW頃買って貰ったから…一年ちょっとしか溜まっていない思い出なのにな…。

それ以外の家族や友達写真を眺めて俺はまた泣いた。



☆ ☆ ☆

もうすぐ待ち合わせの10時。

我が家に松ちゃんが迎えに来る。


父『いくのか?気をつけてな?』

母『そうだよ!海なんだから気をつけて!いってらっしゃい!』


祖父『釣り行くのかい?魚釣れると良いね?

海に落ちるなよ?』

祖母『いってらっしゃい、承くんは意外とどじっこだから十分気をつけるんだよ?』


…今まであまり気にした事が無かったけど、俺っていつもこうやって出かける時に声をかけられていたんだ。

いつも『気をつけてね』『いってらっしゃい』って。

雨降るよ、風邪流行ってるよ、気温上がるらしいよって色んな言葉を添えて出かける時に色んな声を貰ってた。

あぁ、俺愛されてるんだなぁ。

それがこんなに嬉しく誇らしい。

それだけにこんなの思って貰ってるのにこんな形で離別する事の悲しみと申し訳無さに胸が痛い…!


優しい言葉が胸を打つ。

こんなに胸打たれるのか…。

もう泣きそう。

全て洗いざらい吐き出して、父に母に、祖父母に抱きついて幼児みたいに泣きじゃくってしまいたい。


…無いってわかってるさ。

…でも…でももし…生まれ変われるなら俺はまた父さんと母さんの息子として祖父祖母の孫として、望とひーちゃんの兄として生まれたい。

こんな事する奴がおかしな事言うよね?きっとこの後も迷惑かけて悲しませるどら息子なのにさ。



『…じゃ、いってきます。』


俺は精一杯笑顔で玄関に集まってきた家族に微笑みかけた。

…これから先、俺を思い出す事があればその顔が笑顔でありますように。


家を出て…

振り返る。

ふるさと、故郷、そんな言葉はピンとこないけどここが我が家でマイホーム。

この家に抱かれてここまで育った身体の一部みたいな古い家。

ただただ愛おしい。


俺は生まれ育った生家にお辞儀する。

…もう戻ることは無いだろうけど…。




新二『おっすー。じゃあ行くか?』


『…釣れると良いね…。』


俺は見えなくなるまで家を見続けた。

ばいばい新川町。





☆ ☆ ☆

これが俺の一生なつの最期のはなし。


小さな命としてあの家に産まれて育まれた。


平凡な家で父母、祖父母に愛されて育った。

そして妹が産まれ弟も誕生。


幸せな思い出は三日三晩あっても語り尽くせないほどある。

平凡で幸せな家族だった。


悲しませるだろうな、申し訳ないなって気持ちはもちろんある。

でもバカな俺にはこの方法しか思いつかなくって…。


知恵も力も地位も権力も無い俺が差し出せるのはコレしか無いわけで。

全てを賭けて貴女の願いを叶えるって誓った以上無能非才の俺ではこれしか思いつかなかった。


願わくば事故って信じてくれたら…玲奈さんの自責感が少なければ良いな。

…そしていつか幸せになって…たまーに俺を思い出してくれたらいいな。


俺にだって夢があった。

いつか大事なモノを守れる漢になること、

いつか可愛い奥さんと結ばれて…授かった小さな命に父さんの背中から教わったことを伝えること。

宏介、青井、あっちゃん…皆んなと一生友達でいること、


でも、貴女の為なら夢だって捨てられる。



愛しい人、かけがいの無い貴女に全てを捧ぐ。



酔ってる?ポエミー?

素では居られない。

俺の夏休み人生の終わりが見えてきた。

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