第512話 心残り

心残りは数あれど…1番はこのふたり…。

望と光。


無邪気な寝顔はどっちも天使。

俺が自分より大事に思ってる最愛の妹と弟。


光。

通称ひーちゃん。

12も離れて俺が溺愛してるから母さんからはパパの気分なんじゃない?って言われる。

ひーちゃんは心臓が悪い。

連続20分以上の運動や急激な血圧変化を伴う運動は禁止されてて…

人と違う事に悩みを持っている…実際顕著になるのはコレからだろう。


『くぴぃ…くーぴぃぃ…。』


『…ひーちゃん…強く生きろよ。』


おでこの辺りを撫でるとちょっとくすぐったそうにしている弟の顔をじっと見つめる。

ひーちゃんは天使のような無邪気で優しい男の子。

…いつまでもそのままでいて欲しい。

どんどん大きくなって…幼稚園の卒園式、小学校の入学式、中学、高校…

そこまでしか体験出来ない俺にはそれ以上先は想像が出来なかった。


ちゅ。


ひーちゃんのぷくぷくほっぺにそっとちゅーする。

この子が大きくなるのを見届けられない…それが心残り。

俺の目から涙が一筋溢れた。


☆ ☆ ☆


望…ちっちゃい頃から甘え上手でわがままで猛獣な食いしん坊な猛獣。

でも要領が良くて身体能力は高くてテニスに夢中な可愛い可愛い女の子。


おでこを撫でながら色んなことを思い出す。

楽しい思い出だけ思い出そうか…それでもあっという間に両手じゃ足りなくなるほど笑ってじゃれあった思い出。


『…うーん…むにゃむにゃ…。』


『…可愛いな…。綺麗で可愛くなった…きっといつか彼氏とか連れてくるんだろうな…。思いっきり塩対応して望に怒られたかったなぁ…。』


強く元気に奔放に育った望は幸いまだ男の子気配は無い。

でもこんなに可愛くなったんだもんな…きっとすぐに。


当たり前だけどひーちゃんより付き合いが長い分思い出も多いわけで。


『…楽しかった…楽しかったなぁ。

また望がテニスの試合夢中でしてるとこ見たかったな。

…望、ひーちゃんを家族を頼むな…。』


ちゅ。


俺は望のすべすべほっぺにちゅーをする。

この子が強く美しく成長する姿を見届けられないのが本当に寂しい。


『…もうちょっとだけ…モラルや常識を教えておけば良かった…。』


俺は呟いた。


☆ ☆ ☆

最期の夜と思うと眠れない。

でも精神的にはかなりキテるのでどこかでオチるように意識を失うだろう。


出来るだけ考えないようにしている。

後のこと、家族の悲しみ。


道具を一応確認。

海パン、釣り道具、旅のしおり、救命胴衣。


…うん、大丈夫。


俺の心臓ひーちゃんにあげられないかな?

お金全部母さんに渡しておいた方が良いかな?

…最期に玲奈さんの顔見たいな…。

遺言状…ダメなら一言だけでも…。


全部バレちゃう気がする。

…今日の宏介だって正直危なかったろ。

俺が加害者だってバレちゃいけない。

事故。あくまで事故。

明日の海釣りで堤防へ行く俺と松ちゃん。

そこで不慮の事故に遭う。

松ちゃんは救命胴衣とか嫌いで着けたがらない。

しかも運動はダメ。


これは不幸な事故だった。


松ちゃん家には俺が渡した旅のしおりがあり、そこには救命胴衣必須!ってマーカーまでしてある。

…それで着けて来ないのは自己責任!

ただ…松ちゃんだけを逝かせる訳にはいかない…。


相応の代償を支払わねばならい。

命には命。

命を奪うからには命で償わなきゃいけない。


俺が人殺しになったら…きっと立花家はもうここでは暮らせない。

家族全員人殺しの家族として後ろ指を刺されるような人生になってしまうだろう。

…でも事故の犠牲者なら?

好奇や憐憫の視線はあるだろうけど…多分世間は同情的で。

松ちゃんを亡くした松方家も可哀想だけど、松ちゃんが年長者で旅のしおりに救命胴衣ってマーキングしてるのに水難事故なら…立花家になにかしてこないでしょ。


例えば玲奈さんがその場に居たら怨恨や婚約破棄のトラブルで動機があるから疑いも出るだろう。

でも俺なら基本松方家と無関係!玲奈さんの婚約破棄絡みなんて誰も思わないでしょ!

だって俺は玲奈さんと付き合ってるとか恋人関係とかじゃ無いし!


これが俺の思いついた、

俺が持ってる力、才能、知恵、努力、お金、人なんでも全部を使って、いやらしい手でも悪辣な手でもどんな手段でもなんでも使って必ず玲奈さんの願い叶えてみせる

だった。


玲奈さんの事は…後は本人にどうにか頑張ってもらって…。

あの日確認した玲奈さんの望みは、


1、新二くんと結婚はしたくない。

2、自由に生きて大学、弁護士の夢を追う事。

3、好きな人と結婚。


1だけは差し違えても俺が叶える。

あとの二つは自力でお願い。

松ちゃんとの結婚さえ阻止出来れば…あの多芸多才な完璧女子なら…なんとでもなるでしょ?

…俺が死んだら…泣いてくれるかな?

子供の頃からの憧れの女の子、香椎玲奈。

綺麗で可愛くて献身的に皆んなの事を考えて行動するあの娘が好き。

好き!

…泣いて欲しいけど…どこかで吹っ切って幸せになって欲しい…!

それで時々思い出してくれたら…本望だ。


…そのためにも…バレちゃうかもしれないけど…

本当に事故だったって思わせれば玲奈さんのダメージや責任を感じさせないで済む。

コレしか無い!

惚れた女の為に死ぬ!

死ぬことは生きること!

ちょっとテンションがおかしい自覚はある!


ぽろ


だって…気を抜くと涙が溢れる。

恐い…なんでこんなに怖いんだろう。


『♪ 威風堂々 死ぬと思わば 勝利が微笑み

生きんとすれば必ず敗北

恐れまいぞ 惑うまいぞ 我に続け 漢よ♪』


深夜だから小さく体育祭でも歌った慶次の歌を口ずさむ。

俺の勝利は玲奈さんの自由!

傾け!最期の時まで傾き通せ!


…やっと眠くなってきた…

死ぬにも力が要る。


俺はもう一回妹と弟を見つめた。


『くぴ…くぴぴぃ…。』

『…。』


ちゅ。

ちゅ。


『おやすみ、俺のたからもの…。』


俺は力尽きるように意識を手放した…。




☆ ☆ ☆

おかしい兄ちゃん  side立花望


『恐れまいぞ 惑うまいぞ 我に続け 漢よ♪』


(轟けぇ!!!)


なんか?寝てるんだか起きてるんだかって状態の時に兄ちゃんがほっぺにキスしてきたの!!

どっかで起きてからかってやろ!って思ってたらなんか泣いてるし、強く生きろとか言ってるし、慶次歌い出すしで情緒不安定!

なんなのー?!


中途半端に歌ってるの気持ち悪くてちゃんと最後まで歌い切って欲しいなって思いながら寝たふりしてたらまたほっぺにキスされて兄ちゃんは寝落ちした。



そっと起き出す。

兄ちゃんには涙の跡…。


なんだ?おかしいぞ?

すっごい胸騒ぎがする…。


兄ちゃんの机…スポーツバッグ…なんか嫌な予感がバリバリする…。

確かに今日一日中兄ちゃんは忙しそうに人に会いに行って…。

自分の物は何一つ買わなかった…。


…迷いに迷って私は信頼するふたりの先輩に連絡する。

深夜だってのに迷惑なことに。


…たぶん兄ちゃんはなんかとしている。

あたしよく猛獣扱いされてるけどあたしより兄ちゃんの方が絶対にクレイジーだからね?


またおかしな方向にかぶこうとしてる気がするよぉ!


あたしの信頼するふたりはこんな深夜でも返事をくれた。

…泣いて思わせぶりな事を言って…絶対ぶち壊してやんよ(笑)


『Rock'n' roll the SAMURAI-DOH♪』

※ロックンロール ザ サムライドー♪


あたしは兄ちゃんが歌いかけた歌の最期を口ずさんだ。

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