第509話 愛は勝つ

去年亡くなられたKANさんに哀悼の意を表します。

クレームあれば即刻訂正します。


☆ ☆ ☆

そして久々に松ちゃん家に行く。

…気まずい…。

でも、俺に恥じる事は無いのであくまで平静に応対する。


『承?なんか食うか?』

『承、今度どっか遊びに行かね?』

『承は何か欲しいものは無いのか?』


『…別に無いよ。』

(欲しいものは…玲奈さんだけ…。)


松ちゃんは負い目から俺の歓心を得ようと無理して笑いかけてくる。

機嫌を損ねちゃいけない。

俺は言いたい事をグッと抑えて極力普段通りに振る舞った。

その日も、その翌日も…玲奈さんの婚約の話しは出て来なかった。

…俺はどうしたら…。


☆ ☆ ☆

そして夏休みが終わり、久々に登校。昔は9月から学校だったらしいけど今は8月末期頃から始まる。

紅緒さんのハイテンションを微笑ましく思いつつ、今日は夕方から俺カレバイト。明日行けばまた土日なのになぜ学校が始まるのか…!


俺カレでバイトを終えて今日は特に用事が無い。

閉店後、景虎さんが明日の仕込みで野菜の皮を剥いている。

…俺もお手伝い。

残ったカレー食ったし特に用は無い、用は無いんだけど…。



景虎さんは明日のカレー煮込み状況を確認しながら野菜の皮を剥き続ける。


『クズ野菜や形の悪いB級品なんかはこうやって煮込む時に出汁取る用に使ってるのもうちの旨さの秘訣!』


景虎さんはドヤ顔。

俺も下手ながら皮剥きの手伝い。


『で、どうした?なんか聞いて欲しいのか?』


叶わない。

景虎さんはすごい。


『…俺…こないだの松ちゃんとの賭けで…勝ったんですけど…知っての通り約束反故にされちゃって…。』


『男同士の約束破るなんざ…許せねぇよな。』


でも、景虎さんは少し考え込んで。


『それくらい…お前と玲奈ちゃん?失いたく無いんだろうけどな…

どんな奴だって約束破れば多少罪悪感くらいある。

新二はそこまでドクズでは無い。

…ただ、わがままで甘えてて人生舐めてるだけ。』


『…わかる気はするっす。』


…でもそれじゃあ玲奈さんが…

香椎玲奈が救われない。


店内には俺と景虎さんだけ。

店の電気も消してあって厨房だけ明るい。

店のBGMはそのままかかってる。


俺は景虎さんに打つ手が無くて困っていること。

香椎さんは俺に期待して信じてくれて…

その葛藤を聞いて貰った。


『煮詰まってるな…。

煮込むのはアリだけど煮詰まっちゃ…美味しくならないぜ?』


このイケオジはいつも陽気でふてぶてしい。

…俺はこんな大人になりたいな。


『…まあ青春だよな…好きな娘の笑顔の為ならなんでも出来たっけ。』


愚痴っぽい俺の悩みを聞いてくれた景虎さんはそう言いながら、懐メロ懐メロって言いながら有線のチャンネルを変えた。


『俺、おっさんだから今の歌なんにもわかんねぇの!

そうそう!90年代こそ至高!!』

…父さんと同じ事を言うな…。


♪♪


ピアノの前奏で曲が始まる。


あ!これ…


♪心配ないからねー


『おっ!懐かしいー!

承知ってるか?』


『知ってます!音楽の授業でやりました!

愛は…勝つですよね?』


『…ショックだわぁ…俺リアルタイムで学生の頃めっちゃ売れてるの見てたけど…音楽の授業で出るんか…!』



♪どんなに困難でもくじけそうでも

信じることを決っしてやめないでって歌詞。


…良い歌だよね。


景虎さんは口ずさみながら、


『こうゆうド直球な歌って好き!って奴と嫌いって奴が居る。

…それでもポジティブな言葉や歌詞に力付けられるのも人間なんだよな。』


この大人はどんな学生時代を送ったのだろうか?

さぞかし破天荒で豪快なヤンキーマンガみたいな青春を送っていたに違いない。

景虎さんはノッてきたのか


『どんなに困難で♪くじけそうでも♪』


ふたりきりの店内。

低い景虎さんの歌声と店内BGMの愛は…が流れててる。


♪君の勇気が

誰かにとどく



なぜか不意に涙が出そうになった。

…歌って不思議だ。

時々その時の感情とリンクする時がある。

知ってる歌でも急に大好きになったり…こうして涙が出そうになる…。

景虎さんは気持ち良さそうに少し下げた音程で歌う。


そして俺と目を合わせると、パッと顔を輝かせ、

首を上下に振り、拍子を取りながら目で


最後のサビ合わせろ!

って言ってる様に感じた。


『♪どんなに困難で、くじけそうでも♪』


…どんなに困難で…挫けそうでも…!


『信じることさ!』


景虎さんが俺を促す!

合わせろ!!




『『必ず最後に愛は勝つ!』』


もう一回あるんだっけか?!

俺と景虎さんは頷き合いながら、



『『信じることさ!必ず最後に愛は勝つ!!』』



俺は礼を言って自転車跨り家へ帰る。


俺はまた泣いた。

俺の事を信じてくれる人が居て、

俺の相談に乗ってくれて、

励ましてくれる人が居る。


なんて有難いことだろう。

俺には愛する家族が居て、信じてくれる娘が居て、心強い友が居る。

強いて言うならそれは全部、『愛』なわけで。



『信じる事さ…必ず最後に愛は勝つ…♪』


大河の上でもう一度口ずさむ。

なんて素敵な歌詞なんだろう。

愛は…勝つ…。



俺の愛…勝ち…。


迷って迷って打つ手がなくて…焦燥に駆られてた俺にとっての天啓。

俺の勝ちってなんだ?


!!!


いい事考えた!


そうだよ!勝てば良いんだよ!

俺にとって勝ちとは…!

踏ん切り付けるのに勇気が要る。

どんな手でも悪辣な手段でも!誓ったじゃないか!


俺は早速逆算する!

勝負は3日後の日曜日!

コレでキメる!!


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