第470話 ただ楽しいだけの1日

カレーを作りながら香椎さんと肩を並べて笑う楽しい時間。

すぐ横に立つ香椎さんは俺の世代の憧れの女の子、完璧女子なんて呼ばれちゃうとんでもない才能を持ってる才媛にして子供の頃からの憧れ。

俺が本当にしんどかった時に唯一手を差し伸べてくれた娘。


あぁ、俺は香椎玲奈が死ぬほど好き。

そんな何度も痛感したことを毎回鮮烈に上書きして来る引力のような魅力を持つお嬢さん。


彼女の婚約者問題を絶対になんとかしたい。

改めてそれを痛感する。

その為なら俺はなんだってする。


胸がうるさい。

隣の香椎さんに聞こえて無いかな?

さっきからネコの手とか絆創膏の呼び方とかくだらないことでずーっと笑ってる。

玉ねぎ、じゃがいもの処理を終えてにんじん…


俺と香椎さんが同時に伸ばした手が同時に触れちゃって、ビクッ!!とふたりして手を引いちゃう。


『『…。』』


視線だけがぶつかる…。



『『…にんじん…。』』


2人してハモっちゃう。


『『…にんじん…!』』


また!たまにあるやつ!

お互いの目を見ながらうわごとのように呟く、


『『…にんじん…。』』


にんじんなんて…どうでも良いんだ…ホントは…。


ふたりして…真っ赤になりながら…

真っ赤になった香椎さんは…すっごい可愛い…!



絞り出すように俺は…!


望『…にんじんは少なめが良い…。

ねえ聞いてる?』


香椎『ひゃ?!』

『うおう!』


突然望が間に現れて…奇声を発する俺と香椎さん。

妹が呆れた顔で、


望『さっきから何度も呼んでるよぉ!

…最初は見てて面白かったけど…もうちょい進展しなよ…。』


香椎『の…望ちゃん♪なにか要望とかある?』


今日は俺カレ風のスタンダードカレー。

お肉は豚バラ肉。

望に不満などあろうはずが…昨日打ち合わせ済みだし…!


望『ごはん多めに炊いて?』


お前そのぽっこりおなかで夕飯ガッツリ行くのな?


☆ ☆ ☆


こうして下拵えは完了する。

弱火でじっくり煮込みながら時々鍋をかき混ぜて。

茶の間に戻ってはハミコンしたりスーハミしたりジェンガ、オセロと3人で遊んだ。時々鍋を確認しながら。


望!ツイスター持ち出すな!

お前足捻挫してんだろ?

俺と香椎さんだけでやれるか…!


遊んでるより話ししてる時間の方が長かったかもしれない。

でもなんと無く香椎さんの婚約者話しだけは全員避けていた。

明日の釣りキャンプ…前回みたいに来てくれないかな?

俺は聞いてみる。

香椎さんは困った顔して、


香椎『…うーん。

青井くんとか田中くんとかこの件知ってるんだけどね…

今婚約者の状態って知られてる状態で…新二くんと一緒に居て、

「このふたりは婚約者」って見られたく無いんだ…。

婚約者ではあるんだけどね…あはは…。』


『俺がなんとかするから。

…待ってて。』


考えるより先に言葉が自分の中から飛び出ちゃう。

一瞬ポカンとしたあと香椎さんは目を潤ませて何度も頷いた。

望がドヤ顔で、


望『ふふー!うちの兄ちゃんダサ格好良いでしょ?』


え?ダサなの?!

…確かにオシャでは無いわな…。


昔からそうだけど香椎さんとの時間はあっと言う間で。


望『今日家族居ないの!

ねぇせんぱい!一緒にカレー食べようよ!

お願いー!』


香椎『じゃ…甘えちゃおうかな?』


香椎さんも忙しいだろうし早めの夕飯を18:00に食べる。

当然豚バラカレー。香椎さん作成サラダと有り合わせ調味料でスープまで付いた。


『美味い!』

望『うま!』

香椎『美味しいね♪』


食器を洗って麦茶飲んで気付けば19:00。

俺は香椎さんを送って行くよ?って申し出て香椎さんはお願いしちゃおっかな?って照れながら身支度を始めた。


望『また来てねー!ばいばーい!

兄ちゃん!送り狼にはならないでね?』


『なるか!ごめん香椎さん。』


香椎『ふふ!望ちゃんお兄ちゃん借りてくね?』


望『どうぞどうぞ!』


香椎さんと一緒だと見慣れた光景も不思議と綺麗。

19:00はまだ薄暗い程度で夏は日が長い。


香椎『あー!楽しかったな♪』


くるりんと回って香椎さんが嬉しそうに呟く。

麦わら帽子が遠心力でずれる。

可愛いなぁ。


家の前をまっすぐ歩いてひーちゃんの幼稚園横を過ぎて、小学校の脇を通り、川にかかる歩道橋を渡る。


香椎『そうだ承くん、弁護士決まりそうなんだ。』


『そうなんだ!良かったね!』


弁護士挟んで婚約破棄をすれば手続き的には破棄出来るそう。

ただ相手がゴネたり、慰謝料を巡っては長期化、泥沼化する可能性が高い。

…そして松下グループは松ちゃんパパの大人気ない報復や嫌がらせが執拗なのでなかなか弁護士が捕まらなかったらしいけど…良かったね!


香椎『香椎商事の…顧問弁護士さんの紹介でね…東京の弁護士さん。

こんどこっちに来て色々打ち合わせてからなんだけどね?』


…でもなんかまだありそう?

俺が話しを促すと、


香椎『…うちの家業の…香椎商事の株がね、流れてるっぽいの。

…名義とかを偽装したり?TOBでは無いみたい…。

買収かも知れない…。』

※TOB…株式公開買い付け。香椎商事欲しいから株買うよ!って

宣言。過半数流れたら会社の経営が株の過半数持ってる所へ流れちゃう。この場合は松方グループが嫌がらせ兼買収に動いてる気配って話し。


!!


『松ちゃんはそのこと…!』


香椎さんは首を振って、


香椎『多分、新二くんは知らないと。

パパの方じゃないかな?

敵対?反抗したうちを見せしめにしたいのかも。

まだ大丈夫みたいだし時間かかることだしね。』


でもお金も手間も時間もかかるから!

寂しそうに笑う香椎さんに俺がしてあげれることって…

…俺は無力な子供…

久しぶりに感じる怒りと焦燥感…!

俺はせめて婚約者問題を…松ちゃんの心を獲って…

せめて香椎玲奈に自由を…!


香椎家の前に着いた時、香椎さんは嬉しそうに笑った。

クラス委員長だとか一軍女子とか県内トップテニスプレイヤーとかじゃないただの17歳の女の子の顔。


香椎『あー!今日は楽しかったな!

明日の釣りキャンプは行けないけど、楽しんできてね?

今日はありがとう♪』


見惚れる…いや、惚れすぎる。

お弁当作ってくれて俺たち兄妹を癒してくれたのは香椎さんじゃない!


『こっちがお礼を言う側なんだよ!ありがとう!

今日は楽しかったよ!お弁当すっごい美味しかった!

植物園の時も美味しかったけど今日も驚くほどおいしくて…!

鶏の照り焼き最っ高!!』


俺にもっと語彙があれば…!

香椎さんは嬉しそうに照れ照れで、


香椎『ふふー!そんなに?そんなに美味しかったのー?!』


そんな会話を交わして名残惜しいけど俺は家に帰る。

振り返ると香椎さんが見えなくなるまで見送ってくれるから何度も後ろを振り返って手を振った。

やっと見えなくなっちゃって香椎さんが手を振らなくて良くなったって安堵と香椎さんが見えない寂しさに挟まれて川を渡る。



今俺は怖い顔してるかもしれない。

絶対に何があろうとも、あの優しい娘を解放するんだ。

どんな手段でも、どんな事をしても。

その為なら俺はなんだって出来る。

俺は香椎玲奈が死ぬほど好き…!

俺がやらなきゃ誰がやる?!


いつもの結論に至り俺は今日も考える。

どうする立花承?

お前に何が出来る?

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