第385話 黒い感情


休みボケなのかな?

…いいやわかってる。


全く気合いは入らない、理由は決まっている。


(俺、玲奈さん好きだったんだなぁ。)


去年諦めようって。玲奈さんから逃げた時、玲奈さんに彼氏が出来たって聞いた時俺は似たような感じになっていた。

…でも、今回は…ちょっと違う。


大きな河を越え、橋の下の河川敷公園を眼下に見つめる。

あぁ、玲奈さんの為にもイジメ解決したくって無茶したなぁ。


大きな橋を越え、住宅地の真ん中を走る。

玲奈さんとこの公園で待ち合わせしたのにすっぽかして傷付けてしまったなぁ。


その向かい、香椎家。

…まだこの時間帰ってるわけ無いか…。

クリスマスパーティー…中3の時の初めてのケンカ…。



いつものコンビニ。

今朝も通ったけどきっつい。


小学校横の歩道橋。

いつも玲奈さんとはここでバイバイしてた。

…クリスマスに初めてバイト代で買ったネックレス…。

そう言えばその時キンキラの高そうなルビーのネックレスしてたっけ。

…あぁ、あれがあっちのプレゼントだったんか…。



俺の思い出は香椎玲奈ばかり。

俺の心の地図の中、大事なとこに彼女は必ず居る。


連絡…出来ないし、来ないし。

俺はなんか泣きそうになりながら家へ帰る。


悲しいが落ち着いて、空虚な虚しさを感じた後。

心の中は黒いものが満ちてくる。


婚約者居るのに…俺を揶揄ってたんかな?

でもさ酷くない?弄ばれたんかな?

…俺が中学校の卒業式で逃げたから?復讐?

どんな気持ちでデートって銘打ったお出かけしてたのか?

あんなにロインしたり、そこそこ会う機会もあったし…なぜ言ってくれないんだろう?言ってくれなかったんだろうか?


自転車を車庫に入れて、制服の上着だけ脱いで俺はベッドに横たわる。

何にもする気無いし、何もしたく無い。

珍しいけどお腹すら減ってない。


ふっと机の上に飾ってあるカードを掴む。


『香椎玲奈が1日お弁当を作ってくれる券』


こんなの…もう使わない…いや使えない。

俺はくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に叩き込みたい衝動に駆られた。


カードをまじまじ見つめる。

…玲奈さんの綺麗な字で、丁寧に書いて、ポスカ(水性インク)で縁を可愛くカラフルに彩っていて小さいカードだけど手が込んでる。

そういえば小学生頃からこういうの上手でよくイベントポスターやクラスの標語や注意喚起ポスターも作ってたっけ。

裏面には、


『一生懸命に作ります♪』


って書いてある…。


たまたま当たっちゃったこの可愛いカード。

俺はくしゃくしゃには出来なかった…。


『…なんでだよ…。』


熱い涙が双眸から溢れだす。


俺は黒いものとこれまでの楽しい日々がせめぎ合いちょっとおかしなテンションになっていた。



☆ ☆ ☆

いつしか横になったまま、俺はスマホを見ていた。

去年の9月にアドレス交換して8か月?

8カ月の間のロインは雑多で内容に一貫性の無いその日の事やそれぞれの日々の話し、バイトや部活話は飛び飛びだけど…すごく楽しかった。

スマホの中には玲奈さんとのロインを心待ちにしている自分が居た。


スマホ買って貰って始めに思ったのは玲奈さんと連絡が取れるかも?だった。

見返して胸にくるのはやっぱり玲奈さんとのロイン。


胸に穴が空きそう。

ふたり一緒に撮った写真は実は多くは無い。

過去で言うなら修学旅行で銀閣寺これだけプリントアウトして写真立てに入れていた。後は体育祭で田中くんが撮ってくれたもの。

スマホに入ってるのはひーちゃんお遊戯運動会で家族が撮ってくれたもの、

2月のデートって銘打ったお出かけの植物園。


なんか心が弱くなっているのかそれをぼーっと眺めていて…




ぶるるるるるるる!!!



『うお!』


思わず声が出る。

…香椎?優奈…?

お姉さんの方から突然電話が来た。



☆ ☆ ☆

優奈『…ごめんなさい。急に呼び出してしまって。』


家に優奈さんあげたら祖父母がビックリしてしまう。

祖父母は明日からの北海道旅行でフィーバー中。


俺の家へ来るって言う優奈さんに来られても困るからってお互いの家の間、小学校横の歩道橋脇の小さな公園で会う事になった。


こうして見ると良く似た姉妹だよね。

玲奈さんを大人にしてセクシーにしてちょっと笑ってる顔。

…今は正直見たく無いんだけど。



優奈『…玲奈から聞いた。

…婚約者の件…聞いたんだよね?』


『…はい。』


優奈『…あはは。なんと説明したら良いか…。』


『…いや、別に。大丈夫です。

ちゃんとおめでとうも言えましたし…。』


優奈さんは申し訳無さそう。

…でもこの人も知ってて…俺と玲奈さんが拗れた時取り持ってくれたけど…。

その頃にはもう婚約してて…。

揶揄ってたのか?姉妹で?


そう思うと、余計玲奈さんに見た目似ているのも苛立つ。



優奈『…ごめんなさい。

言っても済まないけど…。』


『…。』


何を言いに来たのかな?

謝罪?弁解?…それなら玲奈さんが来たら良く無い?

…俺…格好悪い…!


心の中は麻のように乱れて、隙あらば汚い黒い感情が渦巻き濁流が漏れでそう。


優奈さんは、香椎家の家業の状況と玲奈さんがその為に婚約を受けたこと。

相手の松下家が県内屈指の実力者だってことを説明してくれた。

正直聞き流してたけども。


『玲奈さんが自分で「婚約受ける」って言ったんですよね。』


優奈さんは歯切れ悪く、


優奈『…それはそう。』


『…じゃ、おめでとうとしか言えない…ですよね。』


優奈『でも!玲奈は婚約破棄しようとして!

筋通す為にあのおじさんに誠意もってお願いして婚約破棄するって聞かなくって…!』


『…婚約破棄…?』


俺はどうでも良くなってきた。

自分で婚約受けたんだし…。


優奈『…厚かましいお願いかも知れない、それでも玲奈に声かけてあげてくれないかな?

出来たら2人でゆっくりと。話しあって。

あの娘体調崩して…過労とストレスで…。』


変わらないなぁ、何でも自分でって。

それが魅力でもあるんだけど…。


いつもならこんな事言わないし、言えない。

でも、今日はやけくそだった。



『…何て声かけるんですか?

…俺はもちろん玲奈さんに何もしてないですよ。

でも婚約中のお嬢さんと2人きりで密会したら、間男認定されて慰謝料とか払えとか言われません?

だいたい婚約者居るならなんで知ってて教えてくれなかったんですか?』



年上のお姉さんに嫌な事を言ってしまう俺。

優奈さんも黙りこむ。



優奈さんは玲奈さんが知られたくなくって黙ってて欲しいって口止めされた事。

香椎商事の従業員さんたちの為に自分がなんとか!って意気込んでいたこと。

あのおじさんも寂しい人でなんとかしてあげたいって言ってた事を教えくれたけど…。


あの優奈さんが頭を下げて俺に詫びる。

別に優奈さんが悪いわけじゃ…知ってて黙ってたのか。

まあ過ぎたこと。


優奈『…もう少しして玲奈が会いたいって言ったら…

会ってあげてくれないかな?承くん、お願いします。』



『…はい。』



一回は話さなきゃいけないかもしれない。

でも今日明日はダメだ。

俺の中が乱れ過ぎている…。


好きだった娘だもん、最後はキチンと…。

俺にも整理する時間が必要だった。


優奈さんが『またね。』って言って帰ろうとした瞬間、



小幡『居た!承くん!ちょっと良いかしら?

あ、優奈さん?』



…2セット目がやってきた。

まあ優奈さんと同じような事を言う小幡千佳。


優奈さんよりうるさくて感情的で正直不快だった。

俺は小幡さんを評価していた。

優秀でクールで熱意もある。

あの香椎玲奈と互角に戦って勝ったり。公立最難関の県高に進学もしている。

望も尊敬してて世話になってる。青井の彼女でもある。


これまで直接は少ないけど小幡さんと会う機会も話す機会も多く、

主に玲奈さんを挟んで一緒に帰ったり、話したりはしていた。


…でも…。


今日の小幡さんは感情的で玲奈が悪いけどって前置きで俺にグイグイ要求してくる…。

うざい…。


寸前の優奈さんとの話しとほぼ同じような話と展開。


小幡『…玲奈だって…苦しんで…ね?承くんわかってくれるよね?』


『わかるよ、でも俺も苦しんでるよ?』


小幡さんはごめんって頭を下げてここまで無礼と無遠慮な物言いを謝って、


小幡『…それでも、玲奈が落ち着いたら話し聞いてあげて欲しいの。

ごめんなさい、急に来て不躾だったわ。』


小幡さんが玲奈さんを大事に思っている事はよく知っている。

それなのに…自分の狭量さと小ささに俺は自分が情けなくて情けなくて消えてしまいたい程だった…。

俺が思い描く漢だったら…どうするのだろうか?

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